「情報社会の情念」

「情報社会の情念」(黒瀬陽平著)を読了。

著者が友人の縁者で、「面白いから読んでみて」的に回ってきた本です。
で、読んでみたら・・・、「面白い!!」。

アート、それもオタク系のそれを主戦場にした事柄についての書かれたものなので、フィールドとしてはOut of 興味な分野のものなのですが、そこに伏流する問題意識の深さ、関連付けられている事象の幅広さに目を見張りました。

創造者=神を主語とする文脈で用いられてきた、英語のCreateという動詞が、Creativeという形容詞を派生させ、Creativity(=創造性)という抽象名詞として定着するのは、な・な・なんと20世紀になってからである、といった指摘(知らなかった!)。

携帯やスマホ上のソーシャルゲームにおいては、ユーザーが朝の通勤電車のの車中で「これ面倒だな」と感じたステージが、昼休みには改善されている。
それは、ユーザーにゲームを始めてもらうことよりも、続けてもらう=止めさせないための「離脱率抑制」の仕組みこそが、今のゲームの存亡を分ける鍵であるから。
それこそが「運営の思想」であり、コンテンツに対するプラットフォーム=環境の優位であり、そこにコンテンツクリエーターの新たな疎外が存在するといったこと(全く、知らなかった!)。
ゲーム論そのものには関心がないんですが、「運営の思想」、プラットフォームの優位といったワーディングの切れ味には感嘆しました。

この本がいう、「クリエイティブの条件」とは、ビッグデータ時代におけるデジタルコンテンツのクリエータがクリエイティブであるための条件といったものではない。
アート一般にさえ留まらず、ビジネスにけるCreativityの条件一般、人生におけるCreativity全般に通じる「条件」について書こうとしている、ということが伝わってきます。
若い著者のそうした野心、志に感動しました。

成果というコンテンツを生み出さねばならない産業人にとって、会社というプラットフォーム、さらに大きくは資本主義社会といったプラットフォームの優位性と、その下で生じている新しい疎外、そしてそれとの闘い。
Manegimentという名の「運営の思想」。

私の仕事が、そうした情況の中で、Creativityの条件を育む方向のものでありますように。

Let it be so!

「情報社会の情念」」への1件のフィードバック

  1. 「早川ブログ」発見しました。ずいぶん前から、ずいぶん大人なブログをやっていたんですね。おもしろかったです。「インサイト」さんも見ましたが、賢雄さんがどんな仕事をしているのか、いまだに見当がつかないような状態です。とにかくブログの先輩がいることでうれしくなりました。僕のブログは、これから「勝手に」泥沼に入っていくような気配がありますが、最終的には「死亡記事」をだせばいいや、と無責任に考えています。本当は児童文学が「売り」の予定だったのですが。 ♪焼き肉♪焼き肉♪たべほうだーい♪ 楽しみにしています。

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