月別アーカイブ: 2007年11月

あるべき姿を妨げる壁を取り除く(3)

To Be思考を妨げる壁を克服する方法を説明します。
今回はその第3の壁。

3つ目の壁は「限られた経験」です。
先の事例では、大量少品種生産時代という経験がどうしても柔軟な思考を妨げていました。
人は自分が育った環境や成功した事例などによって経験を形成し、それが考える際の枠組みとなります。
少量多品種生産は、生産ロットの短縮および製品ライフサイクルの短期化といったことを要求します。

過去には如何にラインを止めないようにロットをまとめてコストを削減するか、
在庫を切らさないか、ということが勝負指標でしたが、
今では生産計画を細切れに如何に受注に合わせて小ロットで切り替え、
必要なときに必要な量だけ作るかが勝負指標となっていたのです。
彼らにとってはパラダイムシフトでした。

パラダイムとは範例のことです。
学術的な詳しい解釈は置いておいて、要するに時代の思考を決める大きな枠組み(フレーム)です。
特定の時代や特定の環境下では是とされた枠組みが、別の時代や環境では非とされることがあります。
パラダイムが変わると、判断の基準が変わるのです。
人は、このフレームから抜け出すのがとても難しく感じます。いわばルールが変わってしまうのですから・・・。

限られた経験、すなわち自分のフレームを克服すること、すなわち、
自分の思考の枠組みを変え、別の視点に立って考えることを心理学では「リフレーミング」と言います。

たとえば、価格が高いから売れないと考えている生産者パラダイムがあるとすれば、
価格が高いから信頼できるという消費者パラダイムもある。
顧客満足は売れ筋の品揃えだと考える販売パラダイムがあるとすれば、
売れ筋はどこでも手に入るから希少品の取り扱いやユニークさが決め手という顧客パラダイムがある。

大切なことは、二項対立、二律背反的に考えるのではなく、視点を多面化することで、
限られた経験から来る単一視点を離れる、あるいは拡張することです。

ゼロベース思考、つまり白紙に戻して考えなさいとよく言われます。
でも、人はパラダイムに支配されていますから、本当の意味で白紙に戻して考えることは、
とてつもない思考量を要求する難しい課題だと思います。

現に、複数のあるべき姿を描こうとしても、どうしても似通ってしまったり、
そうでなくとも優劣が自明のオプションとなったりします。

コンサルティング現場で、よくスクラッチ&ビルディングを行います。転換のために壊して建て直し。
でも、やり直そうとしても、最初に考えたことや経験したことが尾を引いてしまう、これが壁です。
ですから、どうすればゼロベースで考え直せるのかを考えなくてはなりません。

一つの方法が、顧客パラダイム(つまり顧客基点)に一旦立ち戻って考えることは役立ちます。
特にプロダクトアウト的な発想が強い場合、マーケットイン的に発想基点を変えることができます。
本当のところ顧客は何を求めているのだろうか、どうして欲しいのだろうかという基点から、と再考します。

素直に、自然に、普通に考えることが経験を積んだ渦中の当事者には難しいからです。
よく、他の業界から学ぶ、素人の意見を大切にする、などと言われるのはそのためです。
ゼロベース思考のためにも、何かの基点が絶対に必要なのです。

マイケル・ハマー著「リエンジニアリング革命」(邦題)の中で筆者は、BPRの中心的なコンセプトは、
「不連続思考」だと言っています。
そのために、To Be構築の視点として、リフレーミングに役立つ点を列挙しています。

■複数の仕事を一つにまとめる
ケースワーカー/ケースチームによる処理
引継ぎをなくす(失敗、遅れ、やり直しがない)

■従業員が意思決定を行う
意思決定の遅れを排除
管理の単純化(責任委譲)
顧客対応の追及

■プロセス内のステップを自然な順序で行う
組織的必然性からプロセス的必然性へ
非直線化プロセス(同時処理、時間短縮)

■プロセスには複数のパターンを用意する
標準化による最適化をやめる
複数のパターンからの選択による最適化
例外ケースがなくなる(パターン化)

■仕事は適当と思われる場所で行う
組織の壁を越えて仕事が行われる
プロセスと組織の相関関係は弱い

■チェックと管理を減らす
経済的に意味がある管理のみを行う
管理をまとめて(全体パターンで)行う
チェックを後で行う

■調整は最小限に抑えられる
調整(照合)が必要になる可能性(接点の数)そのものを低減

■ケースマネージャが顧客との接点となる
複雑なプロセスと顧客との間の緩衝剤
権限委譲された顧客サービス担当者

■集権化と分権化を組み合わせる
情報技術(DB)により独立した個々のユニットの活動(分権化された処理)が集権化
官僚的な中央管理体制は不要

ITが限られた経験枠からのリフレーミングを可能にする視点を与えてくれることもあります。

次のリストも役立つことでしょう。

■複雑な仕事はエキスパートしかできない⇒ゼネラリストがエキスパートの仕事をする
■集権化か分権化のどちらかしかない⇒集権化と分権化を両立できる
■マネージャがすべての決定を行う⇒意思決定は皆の仕事の一部である
■情報管理のためのオフィスが必要である⇒いつでもどこでも情報発信・受信ができる
■顧客と接するには個人的な接触が必要⇒顧客は好きなときに好きなだけ情報を得る
■必要なものは探さねばならない⇒必要なものの方から現れる
■情報収集と分析を定期的に行う⇒リアルタイムで分析結果を得る

—– Lesson Learned —–
限られた経験の壁を克服するために・・・
・リフレーミングで視点を多様化する
・ゼロベース思考のための基点を掴む
————————–

あるべき姿を妨げる壁を取り除く(2)

To Be思考を妨げる壁を克服する方法を説明します。
今回はその第2の壁。

事例については前回の記事を見てください。

2つ目の壁は「思い込み」です。
先の事例でも、あるべきモデルの思い込みが激しかったため、思考がそこから解き放たれませんでした。
思い込みがあると、物事の反面が見えなくなる傾向があります。

その場合に意識できるのは、あることが達成できるなら、そのために犠牲になるのものは何かを考えます。
たとえば、品質は向上してもスピードが犠牲になるとか、スピードは上がるけどスペースが必要などです。
こういうものを指標化したものをトレードオフ指標と呼びます。

数値で抑えながらあるべき姿を実現性あるものにする手法です。
思いつきや思い込みといった壁を克服する方法の一つとして使えます。
よく指標(KPI)を定めて見直し、改善サイクル(PDCA)を回すなどと言われますが、
トレードオフ指標とは、最初から2つの指標を設定するのです。
かならず、「それって何で測るの?それが上がれば何が下がる?」と考え、反面もTo Beに入れるのです。

また、人は思い込みが激しい生き物で、自説を疑わず、都合のよい情報だけを収集する傾向があります。
数ある情報の中から、仮説を補強し支持する情報だけが目に入るようになります。
「仮説は仮の説」であることを忘れ、真実だと信じ込んでしまい、あるべき姿の論理を固めてしまう・・・。

これは、あるべき姿を描くことが、答え探しではなく、仮説構築作業である以上、常に警戒すべきことです。
仮説という帰納的思考の持つ最大の注意点です。ですから、仮説には検証が不可欠なのです。
その検証の際に、仮説に都合のよい証拠だけを取り上げて、仮説を補強することを、
社会心理学では「確証バイアス」と呼んでいます。

これを避けるために戦略論では、必ず「戦略オプション」を幾つか作り、比較検討するのが常套手段です。
楽観シナリオ、標準シナリオ、悲観シナリオを作るというのも、この壁を乗り越えるためです。

仮説検証で、確証バイアスを克服する助けは、反証です。いわば批判的(クリティカル)に考えてみる。
トヨタのカンバン方式でやれば間違いないといった思い込みが壁となっていれば、たとえば、
中越地震でリケンなどの部品メーカが操業停止し、結局トヨタも工場生産停止に追い込まれた、
などの反証を考えるのです。

そうして上で、果たしてカンバン方式がよいのか、全プロセスに適用する価値はあるか、など思い込みから徐々に人を解き放つ視点が生まれていきます。

もちろん、反証に終始すると、堂々巡りに決着はつきませんから、あくまで検証が大切です。
思い込みの壁にぶち当たってしまったときに、思い起こしましょう。
先の事例の場合、社内力学が働いて反証が十分になされていませんでしたから、
そこから解き放つ必要がありました。
そして、新プロセスを実際に模擬的に試行してみて、数字で検証を重ね、To Beを磨き上げていきました。

—– Lesson Learned —–
思い込みの壁を克服するために・・・
・トレードオフ指標を考えて反面を入れる
・検証と反証により確証バイアスを避ける
————————–

あるべき姿を妨げる壁を取り除く(1)

前回は、To Be思考を分別、識別、洞察の3つに分けて考えました。
これから3つの記事に渡ってTo Be思考を妨げる壁を克服する方法を説明します。
今回はその第1の壁。

メーカーA社出荷プロセスのBPRプロジェクトを例にお話します。
新プロセス(To Be)を構築しようとするのですが、考えれば考えるほど、複雑になってしまいまとまりません。
何日話し合っても堂々巡りです。数日で終わるはずだった検討会が、結局3週間もかかりました。
ラインのマネージャがプロジェクトに参加しているのですが、彼らは実は現プロセス(As Is)の構築者でした。
だから、どうしても集団防衛意識が働いて、現状を守ろう、残そうとする力が働いてしまったのです。
自分たちで構築したものを、自分たちで壊して、新しくするのは、感情的に結構タフなことです。

しかも、そこに自負、軋轢、権限といったものが見え隠れしていました。もちろん、言葉にはしませんが。
さらに、トヨタのカンバン方式やAmazonのモデルは、“正解モデル”だという思い込みがありました。
彼ら自身も本を読んでよく勉強し、そういう方法を是非取り入れたいと強く願っていました。
どうやら、担当役員の発言の中で言及されたらしく、それから逸れてはならない暗黙の空気もありました。
実際には、外のモデルを適用するという視点の持ち方の例として引き合いに出されただけでした。
でも一度そうだと思い込んだものからは、離れて別の視点で考えようとしても、どうしても引きずってしまう。

彼らは、いわば現場通、つまりベテランでしたし、自社工場の他の拠点も知り尽くしていました。
加えて、彼らは大量少品種から少量多品種JITの時流にどうしても移行し切れていませんでした。
それでチームに加わった経験の少ない若手になかなか発言の機会がありません。
ときどき、どう思う?と聞かれても、この場合はどうなる、あの場合はこうなる、と言われてしまえば、
いくら柔軟な思考の持ち主でも、いずれは思考停止に陥ってしまいます。
こういうとき、ブレークスルーを起こすのは、若手の意見であったり、部外者の意見であったりするものです。
既存の枠組みから抜け出せず、いいところまで行くのですが、堂々巡りとなってしまったわけです。

この事例からTo Be思考を妨げる壁を発見できます。
1つ目の壁は「感情」です。

思考が感情に左右されないように論理で進めましょう・・・、よくある模範解答です。
だから多くの戦略理論やリーダーシップ論では、感情と論理を対極に置いてモデル化します。
でも、人間は言い訳作りが得意ですから、感情は論理を圧倒することがあります。

感情に左右されながらも、“論理”を構築できてしまうのです。決して侮れません。
その“論理”がなかなか見破れない、これが克服すべき壁です。

感情を克服するために、論理の矛盾点というよりも飛躍点を追ってみることを意識してください。
感情で見事に構築されたTo Beに急ぎ足で飛んでしまった跡を発見できることがあるからです。

もう1つの方法は、目的と手段がいつの間にか入れ替わっていないかを確認するということです。
目的を掲げながら、実はやりたいことがある場合、思考が進む(実は感情が進む)と、目的はどこへやら。
やりたいことが目的になって、その実現手段を考えているということがあります。

前者の場合は、どのように、どのように・・・を追って行くこと、
後者の場合は、何のため、何のため・・・を辿って行くことのです。出来るだけ丁寧に・・・。

また、とても単純ですが、有利な点と不利な点を書き出して言葉にすることもいつも意識しています。
先の事例では、書き出すことによって、感情で繋がれている論理の飛躍部分を明確に出来ました。
感情がすべて悪いわけではありませんが、不合理な部分を顕在化できれば、もやもやが取れます。

人は「頭もやもや心どんより」という状態では、あるべき姿を描けませんし、それは実行されません。
息吹のない巨体(絵に描いた餅というほどきれいなものではありません)が、出来上がってしまうだけです。
おまけに人の心はすぐに必死になる、つまり感情的に執着してもっともな論理を構築してしまう。
だから、人は「頭すっきり心どきどき」という状態を目指さねばならないといつも意識しています。
単に悩むことから考えることへ進む第一歩です。

—– Lesson Leaned —–
感情の壁を克服するために・・・
・論理の飛躍点を見つける
・目的と手段を確認する
・優劣を書き出してみる
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