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感動の素

「感動」は変革を推進して前に突き動かすポジティブな原動力の一つです。「危機感」もその一つですが、ネガティブな力であるという点が違います。ネガティブな原動力は、一点集中型の変革に向いていて、人々を一所に急速に引き付ける効果があります。一方で、変化に弱い。だから、変革に時間がかかったり、変革の最中に周りの環境が変化したり、ターゲットそのものがブレ始めると、途端に求心力が危ぶまれることになりがちです。

それに対して、ポジティブな原動力は変化に強い。なぜなら、アウトプットだけによって引き付けられているのではなく、プロセスそのものが引き付ける力となっているからです。こういう形を取る変革は、非常に強い。少々の波風は、自律的にどんどん乗り越えて、変革を前に進ませます。いわゆる行け行けドンドン。

そんなポジティブな原動力である「感動」。では、果たしてどうやって感動は生み出せるのでしょうか?とにかく前にある仕事をこなしてがむしゃらにやっていれば、結果として感動<できた>、というのでは変革を科学することにはなりません。感動を変革成功の大切な要素として科学する=設計することがとても大切なのです。では、感動にはどんなメカニズムがあるのでしょうか?

人が感動するためには基本的な2つの条件があります。1つは、自分に関係のあることにしか感動しないということです。他人事、つまり当事者意識がない状態で人が感動するのは難しい。自分事に重ね合わせて初めて人は感動します。その感動から、よし自分もやってみようというエネルギーが沸いてくるものです。ということは、少なくとも”関係者”が”部外者”ではなく、本当に”関係者”であるように、これからやろうとしていることと自分がやることとの結びつきがイメージできるようにすることがポイントです。よくあるシーンに、あるべき姿の全体像を共有して変革意識を高めようとして空転するという検討会があります。これは、簡単に言うと「自分には関係ない」と”関係者”が感じてしまうからです。全体像を示すとしても、必ず参画者が、「これは自分に関係がある」と感じるようにすること、これが感動の第一歩です。

もう1つの条件は、感動が生じるタイミングです。脳科学的な用語になりますが、感動は不快情動が快情動に転換するときに生じるということです。感動というものは、心の動きですが、実際には脳の動きであり、専門的に言うと大脳辺縁系の「情動反応」によるものです。「大脳辺縁系」は、身体内外の環境から入力される知覚刺激に対し、「快情動」と「不快情動」のどちら かを発生させます。簡単に言うと、「快情動」とはそれを好んで選びたいという衝動、「不快情動」とはそれを嫌い避けたいという衝動です。

不快情動が快情動に転換する際に、そのギャップが大きければ大きいほど感動も大きくなるということになります。逆に言えば、そのギャップが小さいと、同じ刺激に対しても、感動が生まれないということです。そのギャップは、①刺激の強さ、②刺激の新奇性、③学習の程度により左右されます。強い刺激も繰り返されるなら弱くなり、新奇な刺激も一度体験すると新奇性が失われ、経験から学習し予測ができるようになると感動が失われます。特に③は、自ら新たな感動を潰しているような状況であり、頭が固いと言われる要因でしょう。

ということは、同じことをやるにしても、その変革のインパクトの強さ、取り組みの新奇性、そして「どうせこんなもん?」という消極的予測ではなく、「どこまでいける?」という積極的予測という要素を意識して変革に取り組むことが、感動に繋がることになります。

さて、感動の2つの条件が揃ったとしましょう。あとは、人が仕事で感動する「素」は何かということを整理しておきたいと思います。これまでの仕事の中で、感動した仕事を思い出してみてください・・・。恐らく、次のようなときではなかったでしょうか?

「この人たちと、この仕事ができて、自分よくやったな!」

これは、前にも述べました。分解してみると、
<この人たちと>=仲間意識
<この仕事ができて>=貢献意識
<自分よくやったな>=成長意識
という3つの意識が感動を高める要素となるわけです。

これは、マズローの欲求段階説とも対応します。彼は、人間の基本的欲求を5段階で表現しました。

  1. 生理的欲求
  2. 安全の欲求
  3. 親和(所属)の欲求
  4. 自我(自尊)の欲求
  5. 自己実現の欲求

仲間意識が3番目の親和の欲求、つまり集団帰属の欲求です。同じ仕事でも、この人たちとやれてよかった、自分はぴったりはまった感がある、というのがそれです。

貢献意識が4番目の自我の欲求です。自分の存在が価値があり役に立ったと周りから認められる、感謝される、称えられるというものです。自尊心を形成する快が生じます。

成長意識が5番目の自己実現の欲求です。自分の能力を十分に活かせた、新しいことに取り組めた、この仕事を通して一皮むけたという感覚です。

これら3要素を全く意識しないで、がむしゃらに変革を推し進めて、結果として、幾らかの感動を味わうというのではなく、むしろ、変革を前に進める原動力としての感動が必要であり、その感動が、仲間意識、貢献意識、成長意識から生じるということを踏まえて、変革プロセスを設計し、判断決定してゆくのとでは、大きな違いが生じると思われませんか?

バランスの取れたチェンジリーダーは、これらの要素を決してなおざりにせず、常に人心に心を砕くものです。変革に当事者性を出せないメンバー、意義を見出せないメンバーがいるなら、この感動の「素」を随所に織り交ぜていくのはどうでしょうか?

変革意識を形作る感動文化

よく似た言葉に、”組織文化”と”組織風土”という言葉があります。この違いは、簡単に言うと、組織文化は「(自分たちで)作るもの」、組織風土は「(そこにある)できたもの」という違いです。組織文化は意図的に耕す畑ですが、組織風土は勝手にできた風と土というわけです。組織では、人が流動的に動きますので、組織文化がしっかりしていると、それが組織風土となり、流動性のある外部環境の変化には翻弄されなくなります。これは、よい意味でも悪い意味でも然りです。

この2つをきちんと区別して理解していないと、変革を推進する際に、いきなり壁にぶち当たってしまうことになりかねません。変革をしようとすると、組織風土の方が立ちはだかりやすい傾向があります。なぜなら、抵抗勢力は組織風土の中で息づいているからです。そこで、いきなり組織風土から手をつけて、人々の意識を変えようと変革に着手すると、暗礁に乗り上げてしまいます。組織風土は、<作るもの>ではなく、<できたもの>なので、いくら意識的にがんばっても、鍾乳洞を一夕一朝で作ろうとするようなものです。

では変革意識を形作るためにどうしたらよいのでしょうか?組織風土ではなく、組織文化から手を付けるということ、ただしそれはインスタントではできないことを踏まえ、よい文化から流れてくる土や風が少しずつ増えるようにするということです。一例を考えてみましょう。

最近、ビジネスの世界で「感動」という言葉が使われるようになりました。チームでパフォーマンスを出せる強い職場には、必ず「感動」があるというわけです。感動があるということをさらに分解していくと、メンバーが現在の組織(チーム)と仕事と自分に対して、「この人たちと、この仕事ができて、よくやったな!」と感じることです。<この人たちと>=仲間意識、<この仕事ができて>=貢献意識、<よくやったな>=成長意識という3つの意識が感動を高める要素となります。

よく表彰制度などを導入して、仕事の改善意識を高めたり、変革文化を形作ろうとする取り組みが見られます。最初は大変りっぱな仕組みとして立ち上がるものの、徐々に形骸化したり、廃れていったり、感動を生み出さなくなっていったり、機能しなくなるといった、いわば「風化」現象もよくある話です。それを避けるために必要なことは、”仕組み”だけではなく、”仕掛け”を作ることです。

I社では、仕事で成功した事例を表彰するイベント制度があります。全社員が毎年10名以下のチームでエントリーし、仕事上の成果発表会を行ないます。ワードで1ページの提出資料によって1次選考、パワーポイント5ページによって2次選考、そして最後に5組が選ばれ7分間と言う持ち時間で感動のプレゼンテーションを社員の前で演出し、投票により表彰されます。これだけであれば、よくある「仕組み」だと思いますが、変革を継続して風土にまで定着させるための「仕掛け」が2つあります。

1つは、最終選考で残った5組には、トップから発破がかけられ、決勝戦では勝ちを目指して真剣に取り組ませます。1ヶ月、派手な演出も含めた苦心の準備が展開される。これにより、自然とコンテンツの質は高まり、演出効果たっぷりの感動エピソードとして仕上がる。発表会当日の感動指数は、ピークに達する。こうして、トップ肝入りで、演出効果を高める仕掛けです。もう1つは、社員全員がエントリーする過程で、すべての個々の社員が1年間の自分の仕事を前向きに振り返り、仕事の達成感や同僚との結びつきを思い出し、感動を深めるという仕掛けです。

感動に繋げるよう増幅する仕掛けがうまく組み込まれている事例だと思います。同じことをしても、感動することを偶然まかせっきりにして、仕事を淡々と評価する、ときどき公に表彰するということだけでは、組織風土が勝手にできるのを待っているだけです。文化は作るものという意識。変革意識を形作る組織風土に必要な組織文化とは、まずは感動文化ではないでしょうか。