月別アーカイブ: 2007年9月

古い皮袋に新しいぶどう酒は入れない

古くて肥大化してしまったものを目的から考え直して新しくスリムな姿に仕立て直す感覚Simplification(簡素化)を成功させるの2つの視点をご紹介します。

マイケル・ハマーは自著「リエンジニアリング革命」の中で、
BPR(Business Process Reengineering)を次のように定義しています。

コスト、品質、サービス、スピードのような
重大で現代的なパフォーマンス基準を
<劇的に>改善するために、
ビジネス・プロセスを<根本的に>考え直し、
<抜本的に>それをデザインし直すこと

ここで注目できるのが<劇的に><根本的に><抜本的に>という言葉です。
改革を行おうとするとき、総論賛成で始まったものの各論反対で、
最初に描かれていたきれいな絵はどこへやら・・・。
慣習や伝統によって連綿と受け継がれてきたものの、
今では形骸化した従来のやり方と体制を踏襲しつつ、
新しいものをその上に取り入れようと、折衷案が始まるのです。

一見、良さそうに思えるその案も、実際は、
新しいもので古いものが中途半端に壊れるだけで、
古いもので新しいものの機能や効果が発揮されず、
結局なんだったのかということに・・・。台無しです。
まさに、古い皮袋に新しいぶどう酒を入れる惨事です。

弾力性が失せてしまった古い皮袋に新しい発酵途中のぶどう酒を入れると、
炭酸ガスによって内部の圧力が高まり、一気に張り裂けてしまうそうです。
そうすれば、皮袋もぶどう酒も台無しになってしまいます。
新しいぶどう酒=新しいビジネス・プロセスには、
新しい皮袋=体制作りをいつも意識しなければなりません。
活気がなく融通性に欠ける古い皮袋を捨てる勇気が必要です。

そしてもう一つ大事な点があります。
古いものより小さ目の新しい皮袋を準備するということです。
簡素化した結果は、必ず効率性を高めてしかるべきですし、
時間の経過と共に皮袋は大きくなる傾向があるからです。
小さい皮袋でいいのです。

新しくて小さな皮袋。
改革を成功に導くこのシンプルな視点が、実際にはとても難しいものですが、
参画者全員がいつも念頭に置いておくべき大切なコンセプトです。
改革プロジェクトのキックオフで、Our Goalなどと大義が掲げられることが多いですが、
そういう機会だからこそ、トップも含め参画者が<考え方>の共有を徹底しておくと、
各論に落ちてもブレにくくなります。

より重要なことを見極める感覚

より大きな改革にはより多額のコストが要求されるのが常識。
でも、より多額のコストは、より高い効果を保証しないのも常識。
ここで大切なのが、より重要なことを見極める感覚(Sense of importance)です。
大抵の改革は限られた資源の中で実行しなければならないという容赦のない現実があります。
ブラットンの改革もそうでした。犯罪数の軽減に予算追加は認められず。
先に例を出したNY市警の改革の話の続きです。
前回の記事→http://www.insightnow.jp/article/429

単純に考えて、地下鉄の治安回復には、これまで以上の警官を増員し、警戒強化することでした。
企業における改革でも、時間や品質向上のためには、それなりのコストがかかると考えられます。
業績を高めるにはそれに見合ったコストがかかるという前提に縛られてしまうものです。

ブラットンは、警官を増員せずに治安を劇的に取り戻しました。
その方法は、犯罪件数によって地下鉄の駅の中から重点域を絞り込み、
そこに警官を集中配置して、犯罪勢力を圧倒するというものでした。

ここでのポイントは、治安回復=犯罪件数減少という課題に対して、
増員という解決策(ソリューション)を初めからあてがうのではなく、
犯罪は一体どこでどの程度起きているのかを分析し、
より重要な駅を見極めたことです。それが数字となって結果になり、驚くべきスピードで波及した。
<論理的>に、より重要なことを見極めたわけです。

もう一つ大事なことがあります。
ブラットンは、「割れ窓理論」として知られる方法を採用しました。
それは地下鉄の落書きを消し、割れた窓を修繕すること。そしてNY市街も同じようにしてゆきました。
単純に考えて、治安回復には、犯罪の取り締まりを強化すべきところを、
環境改善という途方もなく間接的に見える解決策で改革を成し遂げようというのです。
地下鉄は治安を取り戻し、NYは犯罪都市の汚名を払拭できました。
これは、割れた窓を放置していると、人目が及ばない場所であると受け取られ、小犯罪を誘発し、
それがエスカレートして大犯罪につながるという人々の心理面のメカニズムを踏まえての策でした。
<心理的>に、より重要なことを見極めたわけです。

既成の概念に捕らわれて、慣習的に考え、経験習慣的に解決策ありきで思考してはダメです。
効果を最大限に<上げる>ティッピングポイントは何か、論理的に切り出す力が必要です。
でも論理だけでは人間はやってゆけません。置かれた環境によって育まれた情緒と感性が絡んでいます。
経験のないリーダーはそんなものはあたかも無い、後で付いてくる、大したことはないとお粗末に考えます。
効果を最大限に<引き出す>ティッピングポイントは何か、心理的な要素の見極めが必要なのです。
それは相手の価値観によって築かれるものです。
相手つまり、顧客や現場や担当者やユーザーや管理者や経営者・・・です。
あなたは、より重要なことを見極められますか?

緊急感を高める2つの目覚まし時計

組織の変革には、関わる人の参画意識、当事者意識が必要です。
そのために必要なもの、それは一言で言うと「緊急感」!(Sense of urgency)
それを高める即効性のある目覚まし時計が2つあります。

遅々として進まない改革プロジェクト。笛吹けど踊らず状態が続きます。
一方で、一丸となってどんどん弾みのつくピリッとした改革プロジェクトがあります。
わたしはその感覚を「緊急感」と呼んでいます。

組織の変革が連鎖反応を引き起こす数値的な壁、必要な臨界質量のような閾値についてはすでにお話しました。

その臨界質量まで持ち上げるための即効性のある方法が、
A. Mirror(鏡)・・・内的な緊急感
B. Storm(嵐)・・・外的な緊急感
の2つです。

Aの典型的な方法は、自分が実際にはどんな状態にあるのか客観的な現実を目の当たりにすることです。
ここで言う自分とは、改革の対象となる当事者です。
たとえば、問題の生じている現場に直接見に行く、実際にやってみるなどして、
触れる、感じ取るといった気付きが必要です。
自分を映し出すための<鏡>という仕掛けが必要になってくるわけです。
このままではまずい!という感覚が生まれれば、それが変わろうとする緊急感になります。

Bの典型的な方法は、周りがどれほど大変なことになっているのか現実を目の当たりにすることです。
顧客はすでに変わってしまっている、市場が新たなものを求めている、という類の事実です。
たとえば、顧客の声を直接聴いたり、顧客になってみたりして、触れる、感じ取ることが必要です。
他社や海外拠点の状況をまざまざと見て、このままでは取り残されるといった感覚もそうです。
外からの力で動かざるを得ないような<嵐>という仕掛けが必要になってくるわけです。

数字やビジョンやアイデアで訴えて変革の必要性を<理解>してもらうのではなく、
手っ取り早い方法は、変革の必要性を<経験>してもらい、緊急感を持ってもらうこと。
徐々に変化を芽生えさせるというよりも、ある特定の影響力のあるポイントをテコにして、
短期間にいわば「流行」を起こして変革を成し遂げることが必要です。
このポイントはティッピング・ポイント(Tipping Point)と呼ばれています。

好例として引き合いに出されるのが、「割れ窓理論」の話です。
1990年代前半、NYでは犯罪が収まらず、殺人事件は史上最悪を更新していました。
NY市民は戦々恐々とした日々を送っており、地下鉄にも安心して乗れません。
ちなみにわたしが始めて米国出張してNYの夜の地下鉄に乗ったのはその頃です。

覚えています。震え上がったのを・・・。
NY市警の3万6千人の職員は、低賃金、モラルの低さ、危険な環境、長時間労働にあえぎ、
事態収拾のための予算もありませんでした。

この最悪の状況下で、ブラットン市警本部長は、たった2年間で
NYを米国で最も安全な大都市に変貌させました。
1992-94年の間に、重罪39%、殺人50%、窃盗35%の減少、驚異の改革をやってのけました。
同時に市警の「顧客」である市民の信頼度は37%から73%に急上昇です。
退任後も犯罪率の減少が続いていると言われています。

ブラットンがまず行ったのは、「緊急感」の引き起こすために厳しい現実を突きつけることでした。
鏡に映し出すべく、市警の幹部たちを連日連夜数週間に渡って地下鉄に乗せたのです。
(幹部は通常地下鉄に乗らない)。
地下鉄内で発生する重罪は数字上3%に過ぎませんでしたが、
NYの治安の醜い現実がそこにあったからです。

同時に、治安の悪さを理由に転出の続く地域の住民の声を直接聞かせ、
嵐にさらすかのように、対話集会を開きました。
その地域の重罪の検挙率は上昇していましたが、
住民感情としては、重罪に対する不安よりも、
酔っ払い、物乞い、街娼、落書き、破損に不快感を最も抱いているという現実があったからです。

まさに鏡をと嵐を用いて緊急感を高めることを行ったわけです。
これは当時の市警幹部にとって、目覚まし時計のような即効性のある効果を及ぼし、
これがテコになって、異例な速さでいわば「流行」を起こして変革を成し遂げるに至ったのです。
ブラットンの変革の仕掛けは他にもありましたが別の機会にお話します。

ユーザーの巻き込みが足りないなどとよく言われます。
それは仕組みではなく仕掛けが足りないからです。
巻き込みの即効性を高める2つの視点をお話しました。

——- Lesson Learned ——-
鏡と嵐という2つの仕掛けで緊急感を高める
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