変革意識を形作る感動文化

よく似た言葉に、”組織文化”と”組織風土”という言葉があります。この違いは、簡単に言うと、組織文化は「(自分たちで)作るもの」、組織風土は「(そこにある)できたもの」という違いです。組織文化は意図的に耕す畑ですが、組織風土は勝手にできた風と土というわけです。組織では、人が流動的に動きますので、組織文化がしっかりしていると、それが組織風土となり、流動性のある外部環境の変化には翻弄されなくなります。これは、よい意味でも悪い意味でも然りです。

この2つをきちんと区別して理解していないと、変革を推進する際に、いきなり壁にぶち当たってしまうことになりかねません。変革をしようとすると、組織風土の方が立ちはだかりやすい傾向があります。なぜなら、抵抗勢力は組織風土の中で息づいているからです。そこで、いきなり組織風土から手をつけて、人々の意識を変えようと変革に着手すると、暗礁に乗り上げてしまいます。組織風土は、<作るもの>ではなく、<できたもの>なので、いくら意識的にがんばっても、鍾乳洞を一夕一朝で作ろうとするようなものです。

では変革意識を形作るためにどうしたらよいのでしょうか?組織風土ではなく、組織文化から手を付けるということ、ただしそれはインスタントではできないことを踏まえ、よい文化から流れてくる土や風が少しずつ増えるようにするということです。一例を考えてみましょう。

最近、ビジネスの世界で「感動」という言葉が使われるようになりました。チームでパフォーマンスを出せる強い職場には、必ず「感動」があるというわけです。感動があるということをさらに分解していくと、メンバーが現在の組織(チーム)と仕事と自分に対して、「この人たちと、この仕事ができて、よくやったな!」と感じることです。<この人たちと>=仲間意識、<この仕事ができて>=貢献意識、<よくやったな>=成長意識という3つの意識が感動を高める要素となります。

よく表彰制度などを導入して、仕事の改善意識を高めたり、変革文化を形作ろうとする取り組みが見られます。最初は大変りっぱな仕組みとして立ち上がるものの、徐々に形骸化したり、廃れていったり、感動を生み出さなくなっていったり、機能しなくなるといった、いわば「風化」現象もよくある話です。それを避けるために必要なことは、”仕組み”だけではなく、”仕掛け”を作ることです。

I社では、仕事で成功した事例を表彰するイベント制度があります。全社員が毎年10名以下のチームでエントリーし、仕事上の成果発表会を行ないます。ワードで1ページの提出資料によって1次選考、パワーポイント5ページによって2次選考、そして最後に5組が選ばれ7分間と言う持ち時間で感動のプレゼンテーションを社員の前で演出し、投票により表彰されます。これだけであれば、よくある「仕組み」だと思いますが、変革を継続して風土にまで定着させるための「仕掛け」が2つあります。

1つは、最終選考で残った5組には、トップから発破がかけられ、決勝戦では勝ちを目指して真剣に取り組ませます。1ヶ月、派手な演出も含めた苦心の準備が展開される。これにより、自然とコンテンツの質は高まり、演出効果たっぷりの感動エピソードとして仕上がる。発表会当日の感動指数は、ピークに達する。こうして、トップ肝入りで、演出効果を高める仕掛けです。もう1つは、社員全員がエントリーする過程で、すべての個々の社員が1年間の自分の仕事を前向きに振り返り、仕事の達成感や同僚との結びつきを思い出し、感動を深めるという仕掛けです。

感動に繋げるよう増幅する仕掛けがうまく組み込まれている事例だと思います。同じことをしても、感動することを偶然まかせっきりにして、仕事を淡々と評価する、ときどき公に表彰するということだけでは、組織風土が勝手にできるのを待っているだけです。文化は作るものという意識。変革意識を形作る組織風土に必要な組織文化とは、まずは感動文化ではないでしょうか。

抵抗勢力にどう対処するか

改革には抵抗勢力がつき物です。先に示したように20%の割合で息を潜めて待ち構えているわけですから、その存在を全くないかのように振舞うのは危険です。抵抗勢力には、前もって根回しをしようとか、半ば脅迫的に説得しようなどという対処方法が見られますが、それではマネジメントしているとは言えないでしょう。抵抗勢力がどう出るか分からないので、そのときはそのときと考えていたら、改革に急ブレーキがかかり、そんなはずではなかったと言うこともありえます。チェンジマネジメントでは、この抵抗勢力の影響を予め織り込み済みにして、むしろどのようにそのエネルギーを改革の方に積極的に傾けるかということを考えます。

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抵抗勢力と一言で言っても、様々なタイプがあり、これを改革の“チェンジモンスター“と言ったりします。*10)様々な視点があると思いますが、図5は典型的な4つのタイプを示しています。たとえば、「元に戻そう」という勢力が次第に影を潜めるように折込済みにするには、元に戻れるに戻れない仕掛けを作っておくということが奏功するでしょう。「前がよかった」という勢力に対しては、なるべく早期に小さな成功体験を先行して経験させ、より良い新世界を垣間見せたり、前のものを後にした見返りとして説得条件を設けるなどの方法があります。それでは、「どうせ変わらん」、「一息入れる」というモンスターに、あなただったらどのように前もって対処されるでしょうか・・・?

そもそもこれらモンスターの正体は何なのでしょうか?このメカニズムを脳科学的に考えると、大変興味深いチェンジマネジメントの秘訣を探り出す鍵になります。人間の脳には、「前頭前野」と呼ばれる領域があり、新たな変化を理性的に処理する人間らしい機能が備わっています。ところが、その容量と処理能力には限界があり、それを超えるような変化に対しては、不快感や疲労という感情と反応を引き出します。そこで処理できない部分を「大脳基底核」が受け持ち、それが繰り返されるうちに「習慣」が形作られます。変化に対する抵抗の正体は、習慣を変えることに伴う不快感というわけです。ところが興味深いことに、この不快感を他人ではなく自分で解決できたとき、前頭前野にとっては癒しの瞬間となり、プラスのエネルギーへと変質するメカニズムがあるそうです。*11)この体験を、茂木健一郎博士は“アハ体験“と呼んでいます。

このメカニズムは、チェンジマネジメントにおいて最も重要なポイントが、“変化させられる”のではなく、“変化する”という当事者意識であることを示しています。良かれと思ってすべてをお膳立てしたり、俺に付いて来い型でリードしたりするのではなく、いわば人々がそれぞれ個人として関わることのできる“余白”を残しつつマネジメントすることが、最も重要と言うことです。勇気が必要なことですが・・・。*12)

*10 チェンジモンスター なぜ改革は挫折してしまうのか 2001 ジーニー・ダック 東洋経済新聞社
*11 CIO Magazine 2007年6月号
*12 感じるマネジメント 2007 リクルート HCソリューショングループ 英治出版

コミュニケーションの作戦を考える

改革のためには、コミュニケーションが鍵だとよく言われます。会社が危機的な状況にあるとき、社長自ら全国を行脚して社員との直接の対話をしたことが、風向きを変える契機だったなどという話をよく聞かれるのではないでしょうか?確かに、今がどんな状況でなぜ改革をしなければならないか、そのために何をどうするのか、などビジョンと戦略を共有すべきであることは、すでに言い尽くされているように思います。問題はどのように共有するかです。改革成功のポイントは、参画意識を高めて一人一人が自分のこととして当事者性を発揮することです。ですから、改革者が一人一人にF2Fでコミュニケーションを絶えず図れればよいのですが、それでは時間とコストがかかりすぎ、やっている間に変革熱が冷めてしまう危険があります。

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そこで、みんなを集めて会議をしようとか、練りに練った通達をメールで配信しようとか、社内報に大々的に載せようとか、いろいろな方法を考えます。ところが、改革の段階を意識せずに発信方法を思いつきでやっていると、痛い目に遭います。チェンジマネジメントでは、改革のスピードと効果性を考慮し、コミュニケーションに関しては綿密な“作戦”を練ります。たとえば、図2のように、4つのタイプに分けて、改革段階に合わせて最も効果的なコミュニケーションを選択します。先に述べた20%の人々を確保していないのに、いきなり全体説明会をやって一気に進めようと思っても、F2Fに逆戻りして丁寧にやり直さなければならなかったり、その逆に改革機運がある程度高まって、なぜやるかということからどうやってやるかに関心が移っているのに、丁寧にF2Fをやっていては失速しかねません。eメールで知らせれば、意図が伝わるとか、WEBに載せておけば読んでもらえるなどと安易に考えて、コミュニケーションコストを低減しようとするのも、改革の初期段階では大きなしっぺ返しを食らうことになります。

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発信方法だけではなく、同じ内容を伝えるにしても、どのようなコンテンツで伝えるかということもチェンジマネジメントの“作戦”の一部です。スローガンのような強烈な一言を一発放つ、あるいは“かっこいい”美辞麗句で改革のメッセージを伝えるなどというのは、往々にしてほとんど伝わりません。そのような玉石的な言葉は、それが生み出されるまでのプロセスを共有した人々にとっては重みがあり意味を成しますが、そうでない人々にとっては他人事、自分には関係ないことと感じてしまうのです。そこに、感動や共感が必要になります。そこで、最近では、ストーリーテリングという手法が用いられます。原則、スローガン、ビジョンなどを発する際に、それをストーリー仕立て、つまり物語風にして伝えるのです。人々が自らをその場に置き実体験をしているかのように共感を誘う。その中から改革のメッセージを引き出し、自分に投影するというメカニズムを利用します。共感を誘う感動ストーリーには一種のパターンがあることが研究されており、主人公の成功体験ばかりを話すわけではなく、どのように挑戦に気付き、立ち向かい、克服し、成し遂げたかを示すことによって、単に言葉で~しよう!~すべき!と言うよりも、心に響き、記憶しやすくなり、動因を与えることになります。(図3参照)*8)

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この作戦を成功させるためには、4つのポイントがあります。*9)第一に、今回はこれまでとは違うという意識が伝わるようにメッセージの内容と発信方法を「差異化」することです。第二に、伝えるメッセージやイメージをぶれさせず関係者の言動に一貫性を持たせる「統合化」です。第三に、確実に理解し記憶し意識してもらうために繰り返し発信し続けること「累積化」、そして第四に、改革が進むにつれて統一したメッセージでありつつも成功に向けての明るい未来が見えるよう飽きさせないための「最新化」です。(図4参照)これは、組織全体に対して働きかけるコミュニケーションの作戦、チェンジマネジメントの大切なポイントの一つです。

*8 「物語力」で人を動かせ!―ビジネスを必ず成功に導く画期的な手法 2006 平野日出木 三笠書房
*9 チェンジマネジメント 組織と人材を変える企業変革プログラム 2007 佐藤文弘 英治出版

協力者はどのくらい・・・

100人いたとしましょう。そのうちどれくらいの人が協力してくれれば変革は成功するでしょうか?10人?20人?50人?もちろん多い方がいいわけですが、イノベーションの理論*6)によると、改革を打ち上げ花火のように終わらせずに、その連鎖反応を持続するためには、最低限の一定の数が必要であると説明しています。その数が確保できないと、火が消えてしまうのです。ロジャーズは、組織の人々の構成を5グループに分けて、その連鎖反応が伝播していくと説明しました。イノベーター(革新的採用者)→アーリーアダプター(初期採用者)→アーリーマジョリティ(初期多数採用者)→レイトマジョリティ(後期多数採用者)→ラガード(採用遅滞者)です。変えねばならないという強いチェンジマインドを持つ根っからの改革人=イノベーターは、一般的な組織において凡そ2%と言われています。それに協力してくれる人=初期採用者、つまり自分で情報を集めて判断し、多数採用者に影響を与えることのできる人を合わせて16%確保できると、改革の連鎖反応が始まるという実験結果があります。

数々の変革プロジェクトを見てきて、この数は本当に妥当な線だと実感します。もっとざっくり言えば、スタート時点で全体の2割の人が協力的な積極的姿勢を示していれば、成功の見込みがあるというわけです。少なすぎると思われるかもしれませんが、残りの8割のうち、大多数の6割の人は中間層で様子見をしています。そして2割の人がいわゆる反対派です。(図1参照)したがって、変革を成功させる=連鎖反応を続けるためには、この6割の人を“すばやく”味方につけることがポイントです。
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これは感覚的に理解されていることなので、よく見かけるのは全体説明会を開いてキックオフするなどして、この中間層6割の取り込みを行なおうことから始めます。ところが、失敗するのです。なぜというと、2割の協力者を最初に確保せずに、いきなり火を付けようとするからです。一瞬、パッと火がつきますが、それぞれが現場に戻って日常業務を始めると、すぐに火が消えてしまうのです。

したがって、チェンジマネジメントでは、まず、改革の意識調査を行い、この2割の協力者が確保できているかどうかを見極めることから始めます。確保できていれば、6割の中間層を味方につけるために、全体説明会を開くだけでなく、できるだけ早期に小さな成功体験を見せることがポイントなります。逆に、確保できていなければ、まず2割を生み出すために、2%の核となるイノベーターと共に、じっくりフェース・トゥ・フェース(F2F)で向き合って、改革の意義や実際的な方法と公算を共有し、アーリーアダプターを作り出すことから手を付けなければなりません。これを早期に実現する手法にアクションラーニングという研修スタイルが考案されています。*7)この2割の人々が、中間層を取り込み、抵抗勢力から守ってくれるように設計することから始めるとよいでしょう。ちょうど炭火を集めて真っ赤に熱してから、分散させて火を大きくするように。このような考え方は、キャラバン展開とかトロイの木馬プレーなどと言われることもあります。

*6 イノベーションの普及 2007 エベレット・ロジャーズ 翔泳社
*7 変革的組織マネジメントとしてのコアネットワーク 柴田昌治、宮入小夜子 一橋ビジネスレビュー 2002年夏号

チェンジマネジメントは論理よりも心理

改革の成功確率を高めるにはどうしたらよいか?それを考えることが、チェンジマネジメントの世界です。チェンジマネジメントでは、変革を出たとこ勝負ではなく、変革は分析し科学できる、つまり再現性のある制御可能なものであるという前提に立ちます。組織が生き続けるには、変化することが必然である以上、健全な組織活動には、変化を科学する力がないと生き残れません。変化に対して、組織はどんな現象を生じるか(What)、その現象はなぜ生じるのか(Why)、そのエネルギーをどのように制御し建設的に使うか(How)を考えること、これがチェンジマネジメントです。

チェンジマネジメントは、リーダーシップ、コミュニケーション、そして幾多の戦略理論が関係しており、言わばビジネスの総合力です。米国が大企業病に悩まされていたとき、大胆な業務改革の一種のブームの火付け役となったのが、BPR(Business Process Reengineering)の父祖とも言われるマイケル・ハマーです。その著書*1)には、ビジネスをプロセスに分解し、ゼロベースであるべき姿を見直し、プロセスを大胆に再構築するという主に論理的な変革の進め方が説明されています。日本の企業でも90年代にこぞってBPRを実施しましたが、折りしもバブル崩壊直後のリストラ(本来はリストラクチャリング=再構築なのですが・・・)の時期と重なり、BPRがネガティブに捉えられてしまい、成功しませんでした。その後コンピュータの2000年問題を機に、ERP(基幹業務)パッケージの導入と共に、BPRが語られるようになりました。21世紀に入り、これまでやってきた既存のビジネスのスリム化と見直しという意味合いから、新しいビジネスの構築という視点にシフトし、BPRがよりポジティブに捉えられるようになりました。ブルーオーシャン戦略*2)などは、その典型と言えるでしょう。これらの変遷はいずれも変革の“論理的”な進め方に重きを置いています。

ところが、変革が思うように進まないほとんどの原因は、戦略の悪さや論理的な分析、進め方の問題というよりもむしろ、関わる人々の“心理的”な側面の影響なのです。システム開発プロジェクトに関する多くの著書を残しているワインバーグも、システムの仕事は論理的だと思いがちだがその多くは感情に基づいているのに、人々の気質の差異に目を向けないのはお粗末だと述べています。*3)変革に対する人々の心理的側面は、非常に曖昧で混沌としたものですので、その多くは体験談やストーリーの中で属人化しています。NHKのプロジェクトXなどはその最たる例でしょう。「技術は度胸だ」、「最後まで信じ抜く」、「挑戦者に無理という言葉はない」、「情熱を持ったプロフェッショナルになれ」など、言葉にした途端、その人が言うから重みはあるのだけれども、一時的な高揚感で終わってしまう感じが否めません。

一方で、リーダーシップ論の変遷に注目すると、心理的な側面を脇に置いてこれ以上は進めないといった感があります。ちょっと振り返ってみましょう。かなり遡って戦前の1940年頃までは、「特性理論」つまりリーダーシップは作られるものではなく生まれながらに持つ特質であるという先天論でした。ところが戦争中、数多くのリーダーを必要としたため、1940年以降は「行動論」、つまりリーダーシップは作られるものであり開発できるという後天論へと移り変わっていきました。1960年以降は、「条件適応理論」と言って、リーダーシップは単一のスタイルではなく状況と条件によって多様的に発揮されるべきであり、唯一最善の普遍的なものではないという考えが主流になりました。企業の多角化が進むにつれて多様性が求められるようになった背景があります。パス・ゴール理論はその典型的な例でしょう。*4)そして1980年以降、変革的リーダーシップ論が主流になりました。変革を実現するにはどんなリーダーシップを発揮すべきかに焦点を当てています。*5)これは先ほど述べたBPRのブームとほぼ時を重ねる背景があります。そして近年では、モチベーションやコーチングに注目してリーダーシップが論じられる傾向が強くなりました。つまり、心理的側面を扱えるリーダーが求められるということです。では、チェンジマネジメントの手法の幾つかをご紹介しましょう。

*1 リエンジニアリング革命(邦題) 1993 マイケル・E・ハマー 日本経済新聞社
*2 ブルーオーシャン戦略 2005 W・チャン・キム ランダムハウス講談社
*3 ワインバーグのシステム行動法 1991 G・M・ワインバーグ 共立出版
*4 MBAリーダーシップ 2006 グロービス・マネジメント・インスティチュート ダイヤモンド社
*5 リーダーシップ論 今何をすべきか 1999 ジョン・P・コッター ダイヤモンド社

チェンジマネジメントを考える

変化の時代、と言われるようになって久しく感じますが、企業活動において変化の頻度とスピードは増すばかりです。組織が新しくなった、システムが変わった、これまでのやり方を改革しよう、新しい制度を始めようなどなど、大なり小なり変革の積み重ねです。一方で、改革を進めると人々のモチベーションが低下したり、抵抗する人たちが多くて改革が頓挫したり、なんとかやりきったと思ったら前の状態に戻ったり、思うような効果が上がっていないなど、改革プロジェクトの苦労話は枚挙に暇がありません。

多くの企業では、変革を自分の“業”とするプロフェッショナルが存在するわけではありません。自分の業務の傍ら、その改善や改革のためにグループを作ってなんとか自分たちでやってみようという人々が集まって改革が推進されます。トップが改革に真剣で、参画者の意識が高く、改革の方向性も共有でき、改革メリットも見えやすい場合、スームーズに進む可能性が高いでしょう。でも三拍子も四拍子も揃っていることは稀で、多くの場合、改革の成否は結局は出たとこ勝負、変化に対して行き当たりばったりという状況になってしまいがちです。その結果が、さきほどの苦労話ではないでしょうか。

このブログでは、チェンジマネジメントに役立つTipsを取り上げ、コンサルタントとして必要なスキルや視点について取り上げながら、考えてまいりたいと思います。

数字力は言葉力

毎年この時期になると本屋には新社会人向けのビジネス書が平積みされています。最近特に目に付くのが数字に関する本。いまなぜ数字なのか、ビジネスの現場で生じていることと結びつけて考えました。

問題解決という言葉がずいぶんビジネスの現場でも定着してきました。その手の本もたくさん目にすることができます。その延長線上に最近では、ビジネスリテラシーとして、財務諸表が読める必要があるとか、数字でものを言わなければだめだとか、定量的な分析に基づく仮説が必要だとか、言われるようになってきました。

だからといってビジネスの現場で皆が会計知識を必要とするような仕事が増えたと考えるのはちょっと筋違いだと思います。「さおだけ屋・・・」が流行ったのも、財務諸表が云々と言われるようになったのも、一つの要因は、個人投資家が増えたためだと感じます。必ず、その手の本には、個人投資の話が出ていますから。数字といっても財務に限った話ではないはずです。内部統制の関係もあるかもしれませんが・・・。

私が考える別の要因とは、言語力の低下です。どういうことかというと、そもそも言葉や数字は、伝える前に、ものを考える道具です。ところが、プロジェクトの現場でよく目にするのですが、「それってなんて言ったらいい?」、「どうやって表現すればよいか分からない」。言葉の前に立ちすくむ人が多いように感じます。何となく分かっていても、言葉にできない。これまでと同じことや既にやったことであれば、何となく通じますが、新しい人物事に取り組もうとした途端、考えが進まなかったり何も伝わらなかったりします。

数字でものを言わなければビジネスは回りません。その意味で積極的に数字力を振るう人は良いのですが、言葉が伝わらないので数字で言うしかないと言って逃げ道的に数字を振るうのは、絶対にうまくいかないと思っています。なぜなら、言葉も数字も、物事を考える道具として共通のスキルが求められるはずだからです。

日本語の場合は特に言葉が考えの行間、つまり数字の分を埋め合わせてきたのだと思います。それは信頼関係の現われでもありました。だから、なんとなく数字で言うのをためらう傾向がある。欧米では、数字で言わないと通じない。だから定性的なものでも何とか数字に置き換えようとする。組織成熟度を数字のレベルで表そうなどという発想はその極みであると感じます。それはそれで立派な取り組みです。抽象的なものをなんとか捉えて伝えようとしているわけですから。

「数学力は言語力」という記事が今朝の日経新聞に出ていました。名古屋大学の浪川先生によれば、10年以上前の日本数学会による学力低下の最初の指摘の中で、下がった学力として、「論理的抽象的思考力などの数学的な考え方」と「日本語の能力や読解力などの数学以前の基礎能力」が挙げられていました。数学者がこうした感覚を持っているのは、数学が言語という認識を持っているからだそうです。数学を学ぶことで論理力や抽象思考力が養われるとされてきました。でも、そのようなものは、元来思考力の基礎としての「言語」が持っている性質なので、数学力を鍛えることと言語力の関係を認識すべきということでした。

曖昧なままにしないようにする、物事を測る視点を持つ、という意味では数字はとても有用です。でも、数字で言えば考えが省けると思うのは大間違い。言語力という側面を見失わないようにしなければ思考力は養われないということ、覚えておきたいと思います。

あるべき姿を妨げる壁を取り除く(3)

To Be思考を妨げる壁を克服する方法を説明します。
今回はその第3の壁。

3つ目の壁は「限られた経験」です。
先の事例では、大量少品種生産時代という経験がどうしても柔軟な思考を妨げていました。
人は自分が育った環境や成功した事例などによって経験を形成し、それが考える際の枠組みとなります。
少量多品種生産は、生産ロットの短縮および製品ライフサイクルの短期化といったことを要求します。

過去には如何にラインを止めないようにロットをまとめてコストを削減するか、
在庫を切らさないか、ということが勝負指標でしたが、
今では生産計画を細切れに如何に受注に合わせて小ロットで切り替え、
必要なときに必要な量だけ作るかが勝負指標となっていたのです。
彼らにとってはパラダイムシフトでした。

パラダイムとは範例のことです。
学術的な詳しい解釈は置いておいて、要するに時代の思考を決める大きな枠組み(フレーム)です。
特定の時代や特定の環境下では是とされた枠組みが、別の時代や環境では非とされることがあります。
パラダイムが変わると、判断の基準が変わるのです。
人は、このフレームから抜け出すのがとても難しく感じます。いわばルールが変わってしまうのですから・・・。

限られた経験、すなわち自分のフレームを克服すること、すなわち、
自分の思考の枠組みを変え、別の視点に立って考えることを心理学では「リフレーミング」と言います。

たとえば、価格が高いから売れないと考えている生産者パラダイムがあるとすれば、
価格が高いから信頼できるという消費者パラダイムもある。
顧客満足は売れ筋の品揃えだと考える販売パラダイムがあるとすれば、
売れ筋はどこでも手に入るから希少品の取り扱いやユニークさが決め手という顧客パラダイムがある。

大切なことは、二項対立、二律背反的に考えるのではなく、視点を多面化することで、
限られた経験から来る単一視点を離れる、あるいは拡張することです。

ゼロベース思考、つまり白紙に戻して考えなさいとよく言われます。
でも、人はパラダイムに支配されていますから、本当の意味で白紙に戻して考えることは、
とてつもない思考量を要求する難しい課題だと思います。

現に、複数のあるべき姿を描こうとしても、どうしても似通ってしまったり、
そうでなくとも優劣が自明のオプションとなったりします。

コンサルティング現場で、よくスクラッチ&ビルディングを行います。転換のために壊して建て直し。
でも、やり直そうとしても、最初に考えたことや経験したことが尾を引いてしまう、これが壁です。
ですから、どうすればゼロベースで考え直せるのかを考えなくてはなりません。

一つの方法が、顧客パラダイム(つまり顧客基点)に一旦立ち戻って考えることは役立ちます。
特にプロダクトアウト的な発想が強い場合、マーケットイン的に発想基点を変えることができます。
本当のところ顧客は何を求めているのだろうか、どうして欲しいのだろうかという基点から、と再考します。

素直に、自然に、普通に考えることが経験を積んだ渦中の当事者には難しいからです。
よく、他の業界から学ぶ、素人の意見を大切にする、などと言われるのはそのためです。
ゼロベース思考のためにも、何かの基点が絶対に必要なのです。

マイケル・ハマー著「リエンジニアリング革命」(邦題)の中で筆者は、BPRの中心的なコンセプトは、
「不連続思考」だと言っています。
そのために、To Be構築の視点として、リフレーミングに役立つ点を列挙しています。

■複数の仕事を一つにまとめる
ケースワーカー/ケースチームによる処理
引継ぎをなくす(失敗、遅れ、やり直しがない)

■従業員が意思決定を行う
意思決定の遅れを排除
管理の単純化(責任委譲)
顧客対応の追及

■プロセス内のステップを自然な順序で行う
組織的必然性からプロセス的必然性へ
非直線化プロセス(同時処理、時間短縮)

■プロセスには複数のパターンを用意する
標準化による最適化をやめる
複数のパターンからの選択による最適化
例外ケースがなくなる(パターン化)

■仕事は適当と思われる場所で行う
組織の壁を越えて仕事が行われる
プロセスと組織の相関関係は弱い

■チェックと管理を減らす
経済的に意味がある管理のみを行う
管理をまとめて(全体パターンで)行う
チェックを後で行う

■調整は最小限に抑えられる
調整(照合)が必要になる可能性(接点の数)そのものを低減

■ケースマネージャが顧客との接点となる
複雑なプロセスと顧客との間の緩衝剤
権限委譲された顧客サービス担当者

■集権化と分権化を組み合わせる
情報技術(DB)により独立した個々のユニットの活動(分権化された処理)が集権化
官僚的な中央管理体制は不要

ITが限られた経験枠からのリフレーミングを可能にする視点を与えてくれることもあります。

次のリストも役立つことでしょう。

■複雑な仕事はエキスパートしかできない⇒ゼネラリストがエキスパートの仕事をする
■集権化か分権化のどちらかしかない⇒集権化と分権化を両立できる
■マネージャがすべての決定を行う⇒意思決定は皆の仕事の一部である
■情報管理のためのオフィスが必要である⇒いつでもどこでも情報発信・受信ができる
■顧客と接するには個人的な接触が必要⇒顧客は好きなときに好きなだけ情報を得る
■必要なものは探さねばならない⇒必要なものの方から現れる
■情報収集と分析を定期的に行う⇒リアルタイムで分析結果を得る

—– Lesson Learned —–
限られた経験の壁を克服するために・・・
・リフレーミングで視点を多様化する
・ゼロベース思考のための基点を掴む
————————–

あるべき姿を妨げる壁を取り除く(2)

To Be思考を妨げる壁を克服する方法を説明します。
今回はその第2の壁。

事例については前回の記事を見てください。

2つ目の壁は「思い込み」です。
先の事例でも、あるべきモデルの思い込みが激しかったため、思考がそこから解き放たれませんでした。
思い込みがあると、物事の反面が見えなくなる傾向があります。

その場合に意識できるのは、あることが達成できるなら、そのために犠牲になるのものは何かを考えます。
たとえば、品質は向上してもスピードが犠牲になるとか、スピードは上がるけどスペースが必要などです。
こういうものを指標化したものをトレードオフ指標と呼びます。

数値で抑えながらあるべき姿を実現性あるものにする手法です。
思いつきや思い込みといった壁を克服する方法の一つとして使えます。
よく指標(KPI)を定めて見直し、改善サイクル(PDCA)を回すなどと言われますが、
トレードオフ指標とは、最初から2つの指標を設定するのです。
かならず、「それって何で測るの?それが上がれば何が下がる?」と考え、反面もTo Beに入れるのです。

また、人は思い込みが激しい生き物で、自説を疑わず、都合のよい情報だけを収集する傾向があります。
数ある情報の中から、仮説を補強し支持する情報だけが目に入るようになります。
「仮説は仮の説」であることを忘れ、真実だと信じ込んでしまい、あるべき姿の論理を固めてしまう・・・。

これは、あるべき姿を描くことが、答え探しではなく、仮説構築作業である以上、常に警戒すべきことです。
仮説という帰納的思考の持つ最大の注意点です。ですから、仮説には検証が不可欠なのです。
その検証の際に、仮説に都合のよい証拠だけを取り上げて、仮説を補強することを、
社会心理学では「確証バイアス」と呼んでいます。

これを避けるために戦略論では、必ず「戦略オプション」を幾つか作り、比較検討するのが常套手段です。
楽観シナリオ、標準シナリオ、悲観シナリオを作るというのも、この壁を乗り越えるためです。

仮説検証で、確証バイアスを克服する助けは、反証です。いわば批判的(クリティカル)に考えてみる。
トヨタのカンバン方式でやれば間違いないといった思い込みが壁となっていれば、たとえば、
中越地震でリケンなどの部品メーカが操業停止し、結局トヨタも工場生産停止に追い込まれた、
などの反証を考えるのです。

そうして上で、果たしてカンバン方式がよいのか、全プロセスに適用する価値はあるか、など思い込みから徐々に人を解き放つ視点が生まれていきます。

もちろん、反証に終始すると、堂々巡りに決着はつきませんから、あくまで検証が大切です。
思い込みの壁にぶち当たってしまったときに、思い起こしましょう。
先の事例の場合、社内力学が働いて反証が十分になされていませんでしたから、
そこから解き放つ必要がありました。
そして、新プロセスを実際に模擬的に試行してみて、数字で検証を重ね、To Beを磨き上げていきました。

—– Lesson Learned —–
思い込みの壁を克服するために・・・
・トレードオフ指標を考えて反面を入れる
・検証と反証により確証バイアスを避ける
————————–

あるべき姿を妨げる壁を取り除く(1)

前回は、To Be思考を分別、識別、洞察の3つに分けて考えました。
これから3つの記事に渡ってTo Be思考を妨げる壁を克服する方法を説明します。
今回はその第1の壁。

メーカーA社出荷プロセスのBPRプロジェクトを例にお話します。
新プロセス(To Be)を構築しようとするのですが、考えれば考えるほど、複雑になってしまいまとまりません。
何日話し合っても堂々巡りです。数日で終わるはずだった検討会が、結局3週間もかかりました。
ラインのマネージャがプロジェクトに参加しているのですが、彼らは実は現プロセス(As Is)の構築者でした。
だから、どうしても集団防衛意識が働いて、現状を守ろう、残そうとする力が働いてしまったのです。
自分たちで構築したものを、自分たちで壊して、新しくするのは、感情的に結構タフなことです。

しかも、そこに自負、軋轢、権限といったものが見え隠れしていました。もちろん、言葉にはしませんが。
さらに、トヨタのカンバン方式やAmazonのモデルは、“正解モデル”だという思い込みがありました。
彼ら自身も本を読んでよく勉強し、そういう方法を是非取り入れたいと強く願っていました。
どうやら、担当役員の発言の中で言及されたらしく、それから逸れてはならない暗黙の空気もありました。
実際には、外のモデルを適用するという視点の持ち方の例として引き合いに出されただけでした。
でも一度そうだと思い込んだものからは、離れて別の視点で考えようとしても、どうしても引きずってしまう。

彼らは、いわば現場通、つまりベテランでしたし、自社工場の他の拠点も知り尽くしていました。
加えて、彼らは大量少品種から少量多品種JITの時流にどうしても移行し切れていませんでした。
それでチームに加わった経験の少ない若手になかなか発言の機会がありません。
ときどき、どう思う?と聞かれても、この場合はどうなる、あの場合はこうなる、と言われてしまえば、
いくら柔軟な思考の持ち主でも、いずれは思考停止に陥ってしまいます。
こういうとき、ブレークスルーを起こすのは、若手の意見であったり、部外者の意見であったりするものです。
既存の枠組みから抜け出せず、いいところまで行くのですが、堂々巡りとなってしまったわけです。

この事例からTo Be思考を妨げる壁を発見できます。
1つ目の壁は「感情」です。

思考が感情に左右されないように論理で進めましょう・・・、よくある模範解答です。
だから多くの戦略理論やリーダーシップ論では、感情と論理を対極に置いてモデル化します。
でも、人間は言い訳作りが得意ですから、感情は論理を圧倒することがあります。

感情に左右されながらも、“論理”を構築できてしまうのです。決して侮れません。
その“論理”がなかなか見破れない、これが克服すべき壁です。

感情を克服するために、論理の矛盾点というよりも飛躍点を追ってみることを意識してください。
感情で見事に構築されたTo Beに急ぎ足で飛んでしまった跡を発見できることがあるからです。

もう1つの方法は、目的と手段がいつの間にか入れ替わっていないかを確認するということです。
目的を掲げながら、実はやりたいことがある場合、思考が進む(実は感情が進む)と、目的はどこへやら。
やりたいことが目的になって、その実現手段を考えているということがあります。

前者の場合は、どのように、どのように・・・を追って行くこと、
後者の場合は、何のため、何のため・・・を辿って行くことのです。出来るだけ丁寧に・・・。

また、とても単純ですが、有利な点と不利な点を書き出して言葉にすることもいつも意識しています。
先の事例では、書き出すことによって、感情で繋がれている論理の飛躍部分を明確に出来ました。
感情がすべて悪いわけではありませんが、不合理な部分を顕在化できれば、もやもやが取れます。

人は「頭もやもや心どんより」という状態では、あるべき姿を描けませんし、それは実行されません。
息吹のない巨体(絵に描いた餅というほどきれいなものではありません)が、出来上がってしまうだけです。
おまけに人の心はすぐに必死になる、つまり感情的に執着してもっともな論理を構築してしまう。
だから、人は「頭すっきり心どきどき」という状態を目指さねばならないといつも意識しています。
単に悩むことから考えることへ進む第一歩です。

—– Lesson Leaned —–
感情の壁を克服するために・・・
・論理の飛躍点を見つける
・目的と手段を確認する
・優劣を書き出してみる
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