あるべき姿の描き方

いったいどうすればあるべき姿を描けるんですか?とよく聞かれます。
現状(As Is)は描けました。でも、いざTo Beを考えようと思っても・・・。
閃きとたくましい想像力・創造力が必要だと思われているのかもしれません。
To Be思考を3つに分解して考えてみましょう。

思考する(Think)には、<分別>、<識別>、<洞察>3つの水準があると考えます。
<分別>とは正邪・善悪・真偽などの二項対立関係にあるものについての判断。
<識別>とは隣接する概念、近似の物事についてその差異を認識すること。
そして、<洞察>とは、物事の背後の本質、根源を理解すること。

<分別>は、何が善くて何が悪いのか?を考える。
As Isを分析していると比較的早い段階で大筋の善し悪しは見えてくるものです。
だからと言って、思考が<分別>に終始すると、To Beが自明の理に陥ってしまいがちです。
正論は正論だけれども、それができないから困っているんじゃないかという声が聞こえてきます。
最初からTo Beが頭ごなしに決まっている/決めている場合も同じです。
それで終わってしまうと、As IsからTo Beへと思考過程を踏んだ意味がないというわけです。
むしろ、分別が必要なのは、みんなわかっているけどTo Beを貫けないときです。
総論賛成、各論反対は世の常です。反対のための反対があるときなどは挑戦です。
既得権益に寄生する風見鶏がたくさんいると大変ですね。
正しいことは正しい、そのためにはこれだ!というブレない信念つまり正しい分別が必要です。

<識別>は、どのように同じで違うのか?を考える。
To Beを考えるときに、流行や一般通念に思考を丸めてしまい、いわゆるきれいにまとめてしまう。
識別を怠ると、一見カッコいいTo Beができますが、思考が曖昧のまま進むので、曖昧なTo Beに。
曖昧な根拠=As Isからは、曖昧な筋=論理しか成り立たず、
そこからは曖昧な主張=To Beしか出てこないのです。
ただし、識別に終始すると、To Beではなく、単なる調整に陥りがちですから要注意。
チェンジリーダーたるべき人が、ものごとの調整だけに甘んじても、新たな価値は創造できません。
規制を盾にとって、ダメダメ尽くしで標準化するなど、識別せずに体よくまとめるなどは困ります。
曖昧さをなくし、何がどう違うのかを明快にする潔い識別が必要です。

そして<洞察>が必要です。その先には何があるか、どうしてそうなっているか、つまりなぜか?を考える。
思考は分別から識別へ、識別から洞察へと至らねばならない、
つまり本当の意味で考える人になるべきだということです。
奇しくも、INSIGHT NOW!=今洞察ですね。
洞察すると、二項対立的関係の整理や、差異の分析を超えて、
物事の根源的・普遍的な性質を捉えることができるようになります。
そうすれば、真のTo Beを描くことができるのです。これに尽きます!
EAの普及やJ-SOXの実施に伴い、To Beモデルの記述法が論じられることがあっても、
そもそもTo Be思考については、やはりKnow-Howはないのです。なぜならKnow-Whyが本質だから。

あるべき姿を描いたつもりで、実際には人がついてこない、機能しない、定着しない・・・
仕組みは立派なのだけれど、絵に書いた餅になってしまう、そしてついには形骸化し、息絶える。
そこにTo Beに洞察という思考が希薄だからです。
仕組みが回るための仕掛けまで考える、そうなると、論理面と心理面の洞察が必要ということです。

弊社はその意味で<インサイト>を大切にしています。
英語のINSIGHTとINCITEの両方です。INSIGHTはよく言われますが、INCITEも大切です。
INCITEとは「鼓舞する」という意味。もとのギリシャ語では、「研ぎ合う」という意味です。
人と人とが接して互いに建設的に研ぎ合う、これはTo Be思考に最も必要なことだと思います。
そうすれば、既成のものや概念に囚われずに済むでしょう。

To Be思考を分別、識別、洞察の3つに分けて考えました。そして、ブレークスルーの障害となる3つの<きせい>についても言及しました。寄生・規制・既成です。本当の意味で思考力を身に付けて実質のあるTo Beを描いていきたいものです。

古い皮袋に新しいぶどう酒は入れない

古くて肥大化してしまったものを目的から考え直して新しくスリムな姿に仕立て直す感覚Simplification(簡素化)を成功させるの2つの視点をご紹介します。

マイケル・ハマーは自著「リエンジニアリング革命」の中で、
BPR(Business Process Reengineering)を次のように定義しています。

コスト、品質、サービス、スピードのような
重大で現代的なパフォーマンス基準を
<劇的に>改善するために、
ビジネス・プロセスを<根本的に>考え直し、
<抜本的に>それをデザインし直すこと

ここで注目できるのが<劇的に><根本的に><抜本的に>という言葉です。
改革を行おうとするとき、総論賛成で始まったものの各論反対で、
最初に描かれていたきれいな絵はどこへやら・・・。
慣習や伝統によって連綿と受け継がれてきたものの、
今では形骸化した従来のやり方と体制を踏襲しつつ、
新しいものをその上に取り入れようと、折衷案が始まるのです。

一見、良さそうに思えるその案も、実際は、
新しいもので古いものが中途半端に壊れるだけで、
古いもので新しいものの機能や効果が発揮されず、
結局なんだったのかということに・・・。台無しです。
まさに、古い皮袋に新しいぶどう酒を入れる惨事です。

弾力性が失せてしまった古い皮袋に新しい発酵途中のぶどう酒を入れると、
炭酸ガスによって内部の圧力が高まり、一気に張り裂けてしまうそうです。
そうすれば、皮袋もぶどう酒も台無しになってしまいます。
新しいぶどう酒=新しいビジネス・プロセスには、
新しい皮袋=体制作りをいつも意識しなければなりません。
活気がなく融通性に欠ける古い皮袋を捨てる勇気が必要です。

そしてもう一つ大事な点があります。
古いものより小さ目の新しい皮袋を準備するということです。
簡素化した結果は、必ず効率性を高めてしかるべきですし、
時間の経過と共に皮袋は大きくなる傾向があるからです。
小さい皮袋でいいのです。

新しくて小さな皮袋。
改革を成功に導くこのシンプルな視点が、実際にはとても難しいものですが、
参画者全員がいつも念頭に置いておくべき大切なコンセプトです。
改革プロジェクトのキックオフで、Our Goalなどと大義が掲げられることが多いですが、
そういう機会だからこそ、トップも含め参画者が<考え方>の共有を徹底しておくと、
各論に落ちてもブレにくくなります。

より重要なことを見極める感覚

より大きな改革にはより多額のコストが要求されるのが常識。
でも、より多額のコストは、より高い効果を保証しないのも常識。
ここで大切なのが、より重要なことを見極める感覚(Sense of importance)です。
大抵の改革は限られた資源の中で実行しなければならないという容赦のない現実があります。
ブラットンの改革もそうでした。犯罪数の軽減に予算追加は認められず。
先に例を出したNY市警の改革の話の続きです。
前回の記事→http://www.insightnow.jp/article/429

単純に考えて、地下鉄の治安回復には、これまで以上の警官を増員し、警戒強化することでした。
企業における改革でも、時間や品質向上のためには、それなりのコストがかかると考えられます。
業績を高めるにはそれに見合ったコストがかかるという前提に縛られてしまうものです。

ブラットンは、警官を増員せずに治安を劇的に取り戻しました。
その方法は、犯罪件数によって地下鉄の駅の中から重点域を絞り込み、
そこに警官を集中配置して、犯罪勢力を圧倒するというものでした。

ここでのポイントは、治安回復=犯罪件数減少という課題に対して、
増員という解決策(ソリューション)を初めからあてがうのではなく、
犯罪は一体どこでどの程度起きているのかを分析し、
より重要な駅を見極めたことです。それが数字となって結果になり、驚くべきスピードで波及した。
<論理的>に、より重要なことを見極めたわけです。

もう一つ大事なことがあります。
ブラットンは、「割れ窓理論」として知られる方法を採用しました。
それは地下鉄の落書きを消し、割れた窓を修繕すること。そしてNY市街も同じようにしてゆきました。
単純に考えて、治安回復には、犯罪の取り締まりを強化すべきところを、
環境改善という途方もなく間接的に見える解決策で改革を成し遂げようというのです。
地下鉄は治安を取り戻し、NYは犯罪都市の汚名を払拭できました。
これは、割れた窓を放置していると、人目が及ばない場所であると受け取られ、小犯罪を誘発し、
それがエスカレートして大犯罪につながるという人々の心理面のメカニズムを踏まえての策でした。
<心理的>に、より重要なことを見極めたわけです。

既成の概念に捕らわれて、慣習的に考え、経験習慣的に解決策ありきで思考してはダメです。
効果を最大限に<上げる>ティッピングポイントは何か、論理的に切り出す力が必要です。
でも論理だけでは人間はやってゆけません。置かれた環境によって育まれた情緒と感性が絡んでいます。
経験のないリーダーはそんなものはあたかも無い、後で付いてくる、大したことはないとお粗末に考えます。
効果を最大限に<引き出す>ティッピングポイントは何か、心理的な要素の見極めが必要なのです。
それは相手の価値観によって築かれるものです。
相手つまり、顧客や現場や担当者やユーザーや管理者や経営者・・・です。
あなたは、より重要なことを見極められますか?

緊急感を高める2つの目覚まし時計

組織の変革には、関わる人の参画意識、当事者意識が必要です。
そのために必要なもの、それは一言で言うと「緊急感」!(Sense of urgency)
それを高める即効性のある目覚まし時計が2つあります。

遅々として進まない改革プロジェクト。笛吹けど踊らず状態が続きます。
一方で、一丸となってどんどん弾みのつくピリッとした改革プロジェクトがあります。
わたしはその感覚を「緊急感」と呼んでいます。

組織の変革が連鎖反応を引き起こす数値的な壁、必要な臨界質量のような閾値についてはすでにお話しました。

その臨界質量まで持ち上げるための即効性のある方法が、
A. Mirror(鏡)・・・内的な緊急感
B. Storm(嵐)・・・外的な緊急感
の2つです。

Aの典型的な方法は、自分が実際にはどんな状態にあるのか客観的な現実を目の当たりにすることです。
ここで言う自分とは、改革の対象となる当事者です。
たとえば、問題の生じている現場に直接見に行く、実際にやってみるなどして、
触れる、感じ取るといった気付きが必要です。
自分を映し出すための<鏡>という仕掛けが必要になってくるわけです。
このままではまずい!という感覚が生まれれば、それが変わろうとする緊急感になります。

Bの典型的な方法は、周りがどれほど大変なことになっているのか現実を目の当たりにすることです。
顧客はすでに変わってしまっている、市場が新たなものを求めている、という類の事実です。
たとえば、顧客の声を直接聴いたり、顧客になってみたりして、触れる、感じ取ることが必要です。
他社や海外拠点の状況をまざまざと見て、このままでは取り残されるといった感覚もそうです。
外からの力で動かざるを得ないような<嵐>という仕掛けが必要になってくるわけです。

数字やビジョンやアイデアで訴えて変革の必要性を<理解>してもらうのではなく、
手っ取り早い方法は、変革の必要性を<経験>してもらい、緊急感を持ってもらうこと。
徐々に変化を芽生えさせるというよりも、ある特定の影響力のあるポイントをテコにして、
短期間にいわば「流行」を起こして変革を成し遂げることが必要です。
このポイントはティッピング・ポイント(Tipping Point)と呼ばれています。

好例として引き合いに出されるのが、「割れ窓理論」の話です。
1990年代前半、NYでは犯罪が収まらず、殺人事件は史上最悪を更新していました。
NY市民は戦々恐々とした日々を送っており、地下鉄にも安心して乗れません。
ちなみにわたしが始めて米国出張してNYの夜の地下鉄に乗ったのはその頃です。

覚えています。震え上がったのを・・・。
NY市警の3万6千人の職員は、低賃金、モラルの低さ、危険な環境、長時間労働にあえぎ、
事態収拾のための予算もありませんでした。

この最悪の状況下で、ブラットン市警本部長は、たった2年間で
NYを米国で最も安全な大都市に変貌させました。
1992-94年の間に、重罪39%、殺人50%、窃盗35%の減少、驚異の改革をやってのけました。
同時に市警の「顧客」である市民の信頼度は37%から73%に急上昇です。
退任後も犯罪率の減少が続いていると言われています。

ブラットンがまず行ったのは、「緊急感」の引き起こすために厳しい現実を突きつけることでした。
鏡に映し出すべく、市警の幹部たちを連日連夜数週間に渡って地下鉄に乗せたのです。
(幹部は通常地下鉄に乗らない)。
地下鉄内で発生する重罪は数字上3%に過ぎませんでしたが、
NYの治安の醜い現実がそこにあったからです。

同時に、治安の悪さを理由に転出の続く地域の住民の声を直接聞かせ、
嵐にさらすかのように、対話集会を開きました。
その地域の重罪の検挙率は上昇していましたが、
住民感情としては、重罪に対する不安よりも、
酔っ払い、物乞い、街娼、落書き、破損に不快感を最も抱いているという現実があったからです。

まさに鏡をと嵐を用いて緊急感を高めることを行ったわけです。
これは当時の市警幹部にとって、目覚まし時計のような即効性のある効果を及ぼし、
これがテコになって、異例な速さでいわば「流行」を起こして変革を成し遂げるに至ったのです。
ブラットンの変革の仕掛けは他にもありましたが別の機会にお話します。

ユーザーの巻き込みが足りないなどとよく言われます。
それは仕組みではなく仕掛けが足りないからです。
巻き込みの即効性を高める2つの視点をお話しました。

——- Lesson Learned ——-
鏡と嵐という2つの仕掛けで緊急感を高める
——————————

組織変革の壁-必要な臨界質量

「できますかね?」改革プランを前にして頭を抱えています。
そんなときわたしがいつも意識してきた変革の数値的な壁についてお話します。

<臨界質量>とは物理学の用語ですが、
そもそも核分裂に連鎖反応を生じさせるのに必要な質量のことです。
それ以下では核分裂を連鎖的に続けることができず、言わば火が消えてしまいます。
それ以上では核分裂が連鎖反応を起こし、莫大なエネルギーを生み出します。

組織が変革するときも同じです。
一時の「にわか改善」、「打ち上げ花火」で終わらないために、<連鎖反応>が必要です。
でも、そもそも組織を変えねばという強いチェンジマインドを持つ根っからの改革人の割合は、
一般的な組織において1-2%と言われています。

それに対して、組織が変革を遂げるためには、その割合が経験値的に20%と言われています。
それ以下では変革の連鎖反応を持続できず、すぐに火が消えてしまいます。
それ以上では変革が連鎖し、組織の各成員を巻き込むことが可能になり、
莫大なエネルギーを生み出します。

このことをロジャーズのイノベーション理論で置き換えてみたいと思います。
イノベーター・・・革新的採用者
アーリーアダプター・・・初期採用者
アーリーマジョリティ・・・初期多数採用者
レイトマジョリティ・・・後期多数採用者
ラガード・・・採用遅滞者
の順に変化は連鎖していきます。

ここで20%まで増殖すべきは、初期採用者、つまり、自分で情報を集めて判断し、
多数採用者に影響を与えることのできる人です。
イノベーション理論では、ここまでの割合が16%となっていますが、
凡そ20%という経験値と合致しています。
アーリーアダプターからアーリーマジョリティに移行すると、急激な連鎖反応が生じるようになります。

数々の変革プロジェクトを見てきて、この数は本当に妥当な線だと実感します。
仮に100名から成る組織を変革するには、数名のチェンジリーダー的素養を持つ人がおり、
改革プロジェクトを仕切れるかどうかはともかく、周囲の影響で簡単に火を消さない改革人です。
20名ほどが改革の必要を性を理解し、改革しようと行動し始めると、連鎖反応が生じ易くなります

この割合、組織変革のみならず、新しいもののパイロット的導入、ムーブメントの火付け、などの
妥当的な数を導出するのに大いに役立ちます。
わたしはこれまで、改革の成功確度を高めるための指標や組織風土の評価指標として、
この割合をいつも意識してきました。

よく欧米と日本では変化気質が違うなどと言われますが、
わたしの経験上、組織変革の臨界点については全く同じだと思います。
臨界点の考え方、ここ数年、ティッピング・ポイント・リーダーシップなどと言われています。

結果の共有よりも基準の共有

チェンジリーダーに必要なことは、判断結果を共有させることよりも、判断基準を共有すること。マトリックスで言えば、要素の共有ではなく、軸の共有が大切ということを物語るストーリーです。

欧米数カ国が参加したグローバルなローカライズプロジェクトでのことです。各国のそれぞれの特殊事情を考慮しつつも、英語初版仕様は変更はしない方針。でも、各国のいわゆるカスタマイズ要求は交錯し、仕様は膨らむばかり。なんとか自国の便宜を図って、いい物にしたいというのは世の常です。各国の特性や文化的習慣に至るまで、どうしてその要求が生まれたのかを何時間も互いに異文化の人たちに説明されます。

なんと、数えてみると、約700件の課題が宙に浮いていたのです。判断解決スピードよりも、新たな課題が生まれるスピードの方が早い!徐々にプロジェクトは混乱し、誰の目にも目標日付を死守するのが困難に思えてきました。

そこに、やってきたのが体格のいいコンサルタント。半日ほど黙って見ていたかと思うと、おもむろにホワイトボードの前に立って何やら書き始めます。それは、大きな十文字。

横軸にはE。つまり英語仕様を示すライン。縦軸にはT。つまりTIME(時間)です。あくまで最初の方針であった初版の仕様は超えないということを横軸で了解。そして残りは時間で切ってしまおうという考えです。

確かに、議論が進むにつれ当初のゴールが徐々に薄れていました。ですから、今一度ゴールに立ち戻り、それを判断基準として見直そうという考えには誰もが納得です。

残りの半日で、参加者全員がそのマトリックスに700件の課題をマッピングしていきました。互いに持っている特殊事情と思惑のある中で、その短時間に、判断<結果>ではなく、判断<基準>を共有し、
優先順位を明確にできたことは、実にお見事。と言うよりも、それまでどうやっても折り合えなかったのに、誰もが基準を共有している、ショッキングかつ不思議な感動を覚えました。

マトリックスが力を発揮する現場を目の当たりにした初めての経験でした。このときに使われたマトリックスは、今では少し姿を変えて、私自身、課題の優先順位付けマトリックスとして、コンサルティングでよく使っています。