骨太の労働観・人間観を磨く-フロム「愛するということ」

本当に優秀だなあと思える産業人たちとお会いする機会があるのは、この仕事に携わる醍醐味の一つです。先日も、あるクライアントで「当社の地方支社で優秀な人材が、全国区レベルで通用する人材であるかどうか、プレゼンテーションによって評価する」というプログラムのお手伝いをしてきました。そして確かに、優秀な方がたが互いに切磋琢磨する現場に立ち会えるという、楽しい仕事でした。そのことを頼もしく感じながら思い出したのは、エーリッヒ・フロムの「愛するということ」です。優秀な人たちが、フロムの述べているとおりの「愛しかた」(すなわち「働きかた」)をしていると感じたのです。

ユダヤ教徒として若年期を過ごしたフロムが、多分に聖書を通して培った「愛」に関する認識は、産業人として成熟するための作法と直列に繋がります。つまり、フロムが「愛する」と記した箇所を「仕事をする」とか、「働く」と置き換えると、そっくりそのまま、優秀な方々の仕事ぶりを述べているように思えます。いくつかご紹介しましょう。

「自分の人格全体を発達させ、それが生産的な方向に向くよう、全力をあげて努力しないかぎり、人を愛そうとしてもかならず失敗する」(鈴木 晶訳 紀伊國屋書店版P5。以下、出典は同書から)

仕事に、人格全体を発達させながら携わる、しかも全力をあげて努力する人が成功しているというこのくだり、わたしも全面的に賛成します。実際、これまでにであった魅力的な産業人たちは、産業分野や業界を問わず、割り当てられた職務領域を問わず、社内的ポジションを問わず、全人格を投入して仕事に取り組んでいる人たちでした。

「現代の用法では、「活動」というと、エネルギーを費やして現在の状況に変化をあたえるような行為を指す。したがって、事業に取り組んだり、医学の勉強をしたり、はてしないベルトコンベアーのうえで働いたり、テーブルを作ったり、スポーツに興じたりすると、その人は活動的だとみなされる。これらの活動のすべてに共通しているのは、達成すべき目標が自分の外側にあるという点である。活動の動機は考慮に入っていない。たとえば、つよい不安と孤独感にさいなまれて休みなく仕事に駆り立てられる人もいれば、野心や金銭欲から仕事に没頭する人もいる。どちらの人も情熱の奴隷になっており、彼の活動は、能動的に見えてじつは「受動的」である。自分の意志ではなく、駆り立てられているのだから。」(同P41)

「能動的に見えてじつは受動的」-何年も前のことですが、これを初めて読んだときの衝撃は今でも忘れません。「駆り立てられた」状態を、フロムは決して褒めません。達成すべき目標が外側にあるうちは、単なる情熱の奴隷であるさえ言う。では、どういう状態が好ましい状態なのか、フロムはこう続けます。

「いっぽう、静かに椅子にすわって、自分自身に耳を傾け、世界との一体感を味わうこと以外なんの目的ももたずに、ひたすら物思いにふけっている人は、外見的には何もしていないので、「受動的」と言われる。だが実際は、この精神を集中した瞑想の姿勢は、もっとも高度な活動である。内面的な自由と独立がなければ実現できない、魂の活動である。」(同P42)

活動の成果や生産性ではなく「瞑想の姿勢」を評価するというのが、フロム哲学の真骨頂だと思っています。実に魅力的な産業人たちが、どうも「評価」しづらいということがある。優秀な人なんだけれども、その優秀さを表現するための適当な言葉が見つからないと思うこともあります。前述の評価プログラムの場合、公平性を担保するためのビジネス上の、あるいはテクニカルなある種のスキルセットが定義されている。しかし、そういったスキルセットのディスクリプションでは易々と表現し尽くすことができない、いわく言い難い魅力の部分。これは定量的にも、また定性的にも上手に描写することを難しく感じてきましたが、フロムに言わせれば、「内面的な自由と独立」をもった人のことです。

「成熟した人間とは、自分の力を生産的に発達させる人、自分でそのために働いたもの以外は欲しがらない人、全知全能というナルシシズム的な夢を捨てた人、純粋に生産的な活動からのみ得られる内的な力に裏打ちされた謙虚さを身につけた人のことである。」(同P57)

恵まれた事業環境(景気、顧客、配置、自社のネーム)という下駄をはいている人と、そうでない人がいる。前者であるにもかかわらず、それらを自分の手柄としてカウントしない人たちは、産業人として成熟していると感じます。こういう人たちは真の成長を志している。今回の評価プログラムでも(実際には名の通った大手の企業です)、「自分でそのために働いたもの以外は欲しがらない人」たちがいました。等身大の自分で勝負しようと決めている人たちであり、そうでなければ楽しいとも嬉しいとも思わない人たちです。こういう骨太の、成熟した人間観・労働観を持った人たちどうしが、互いに良い影響を与え合いながら共に働くことができるとしたら、それは実に幸福な人生体験ではないでしょうか。

フロムは時折読み返して、その都度貴重な示唆を受け直している稀有な書のひとつです。こういった知見を知見で終わらせることなく何よりも自分自身が実践したいと強く念じながら、もう何度目かの再読を楽しんだ次第です。

話と発話者を区別する-ロキーチ「開かれた心と閉ざされた心」

このところ数年、ディベートの研修に出講しています。ディベートとは、自分の信念をいったん脇に置いて、敢えて一つの立場で、次いで逆の立場で立論するゲーム形式の討議のことです。これが盛り上がることといったら! その種の研修を実施するうちに、共通の特徴がいくつかあることに気づきました。三つほど挙げると;

一つ目は、実に立論がうまいことです。限られた時間でMECEに根拠を集め寄せて議論を組み立てるスキルは、みんなおしなべて高い。惚れ惚れするような論議が矢継ぎ早に繰り出されます。わたしが若いころはそんな能力が大事だなんて思ってもみなかったのですが、今は新卒の会社員たちがすでにそんなスキルを身に着けて入社しているようです。

二つ目は、「信念をいったん脇に置く」ことが苦手であるということ。常々、日本人は自分の信念に合致しない主張を言い募ることが苦手だ、だからディベートトレーニングは日本には馴染まない、といったことがよく指摘されてきました。こういった姿勢は無責任かつ道徳的に不誠実である、と感じられてならないようです。研修では、「責任なんか取らなくていいから、とにかく発言してみよう」、「発言と意見は異なる」と学んでゆくうちに、次第に心理障壁が下がってゆく場面によく出会います。そのようにして、「語ったからには責任を取らねばならない」という呪縛から自分を解き放つべく、「議論する力」「飛躍する力」のようなものを学んでゆきます。

さて、三つ目は何か。ここでいったん、ミルトン・ロキーチという人の「開かれた心と閉ざされた心」(“The Open and Closed Mind”,1960)を紹介します。邦訳がないので、以下はサミュエル・I・ハヤカワの一般意味論のテキスト「思考と行動における言語」からの孫引きです。

ロキーチによれば、伝達的事象は便宜的に話し手と話の内容の二つの要素に分けることができます。聞き手が伝達に反応する仕方は、次の四通りです。

 1:話し手とその話の内容とを、共に受け入れる。
 2:話し手は受け入れるが、話の内容は拒否する。
 3:話し手を拒否するが、話の内容は受け入れる。
 4:話し手とその話の内容を、共に拒否する。

ロキーチの言う「閉ざされた心」の持ち主は、1と4の反応しかできません。それに対して、「開かれた心」の持ち主は、もっと複雑な2や3の反応も示すことができます。開かれた心とは、人が世界についてもっと知ろうとする態度を持つことであり、閉ざされた心とは、世界に対する好奇心を弱めることです。ハヤカワの解説によれば、成熟した知性の持ち主は「開かれた心」があるので、話し手を拒絶しながらも、同時に話の内容を受け入れることができるし、話を拒絶しつつ、話し手を受け入れるといったことができるのだそうです。その後、この区分は精神医学の基本的な心得になりました。

そこで本論に戻ります。ディベート研修で見出す三つ目の特徴とは、実はジャッジ役を任せるオーディエンスにみられる特徴なのですが、ほかでもない、ロキーチが言うところの1か4の人たちが多いということです。「中身は良かったが、あの言い方がよくなかった」といった、「情緒的な」ジャッジが実に多い。ジャッジの情緒化傾向自体は当然あってよいのですが、問題は、その比率がかなり高いということです。どうもディベーターに対する(立論以外の、多くはノン・バーバルな面に由来する)共感度の多寡が、立論への共感度にも相当影響しているようです。

実際のビジネスの現場でもよく出会う場面ではないでしょうか。何が語られているかではなく、だれが語っているかが判断の材料になる。もっとも、ビジネスの現場ではディベートのような場面は普通ありません。主に会議の場で、だれの意見が結論として採用されるかです。立論の妥当性・客観性ではなく、「この場のボスはだれか」「この中ではだれが偉いのか」を見分けることに参加者たちの貴重な知的・時間的リソースが費やされてしまい、本質的な「何が語られているか」がおろそかになってしまう。そんなのは会議でも議論でもなく、単なる通達なんですが。

本当はそんなことにではなく、ひたすら「何が」語られているかに聞き耳を立てる。それがもっともな論議であれば、どんなに気に食わない相手からの諫言であっても、下っ端のつぶやきであっても、謙虚に受け入れる。そのようにして、語り手と発話内容を分ける。こういったことの大切さを、いつもディベートの様子を見守りながら、自分自身に教え込むとともに、みなさんにもお話ししています。

ところで、ロキーチが登場したハヤカワの著作も得るものが多く、実はわたしのお気に入りの一冊です。ハヤカワはカール・ポパーを引用してこうも言います。

「理性を信頼するということは、われわれ自身の理性を信頼するというばかりでなく-さらにいっそう-他人の理性を信頼することである。…だから合理主義者は…たとえ彼の知性が他人に優っていても、それは単に彼自身および他の人々の誤りから学ぶことはもちろん、批判からも学ぶという能力を持っているにすぎない。」

本当にそのとおりだと思います。

次回は4月に実施する予定のディベート研修が楽しみです。きっとこのたびも、わたし自身の産業人としての成長機会になることでしょう。

未来予測の不毛-ドラッカー「すでに起こった未来」

田原 慎治です。

先日会議で、評論家たちがこぞって予測したがる未来が、たいてい『20年後』であることに関する話題が出ました。ちょうど今月の「文藝春秋」の特集も20年後の日本というテーマです。10年後でも15年後でもなく、20年。そういえば最近もとある会社で「将来のサービス事業構想」に関する演習形式の研修を実施しましたが、その際にどれほど先の「将来」を想定するかを受講者の皆さんにお任せしたところ、案の定「20年後」が出てきました。

幸いなことにその演習では質の高いアウトプットが得られたのですが、一説によれば、これは「無責任に言い放つことができる絶妙のタイミング」だそうです。たとえば今40代の産業人たちの多くは20年後にリタイア(しようと)している。それ以下の年代にとっても、20年後に今とまったく同じ仕事・部署で仕事をしているとは考えにくい。これが仮に10年後なら、あるいは現在の仕事の延長線上に自分の職務があるかもしれない。でも、さらに先になると、自分の仕事であるという当事者意識はなかなか持ちにくい。むしろ「あとは野となれ山となれ」です。そのような将来を語る上で一番キリのいい数字が20年後。

P.F.ドラッカーも「未来学者」と呼ばれることが多い人です。しかし、彼は意外にも未来について多くの仮説を述べているわけではありません。彼がハーバード・ビジネス・レビューで「すでに起こった未来」を発表したのは1997年ですが、同趣旨の論文が早くも1951年に同誌に掲載されています。詰まるところ、彼が確実な未来と述べているのは一点に尽きます。何だと思われますか? 経済動向でも、政治動向でも、地球環境動向でもない。「人口動態」です。こればかりは数十年先まで確かな数字です。そのようわけで、この数字はさまざまな予測の根拠になります。労働力人口、医療制度、保険制度、介護制度、教育制度、年金制度、エネルギー計画、防衛計画、食糧計画、などなど。

しかし、考えてみればその種の「予測」には何の構想力も関係しません。単なる予測であって、物事が今の流れのまま自然に進展すると、どこかのタイミングでどう数字が推移してゆくかを客観的に叙述しただけです。そこには世界に対する「わたし」の関わり方は何ら算入されない。鬼の首でも取ったかのように「絶対に未来はこうなる!」と叫んだところで、だから何なのか。産業人に真に必要なのは、単なる未来予測力ではなく、その未来を自らの意思によって変えてゆく未来変革力のほうです。もし自分がこの世界に(この会社に、この業界に、この国に、このコミュニティーに)いなかったらきっと異なっていたであろう事態が、自分が関わることによってどのように引き起こされるのか、そのことを語る力。その意味で、「20年後」は産業人として無責任なレンジであると、そう思った次第です。世界を変えるプロダクト・制度・概念を生み出してきた先人たちは、そういう未来変革力の持ち主でした。そのような変革力・構想力が、たとえば人口動態といった確実な未来にしっかり結びついているなら、その種のアイデアはたいへん魅力的でしょうね。

単なる「20年後の未来予測」には、そのようなわけで、どうも興味が持てないのですが、しかしながら、本気で世界を変える決意をした人が、自らの関与する世界を構想して、それをきっちり積み上げた挙句に「20年後へのコミットメント」を静かに語るとすれば、それには大いに耳を傾けてみたいと思います。

定義の大切さと難しさ-吉本隆明「言語にとって美とはなにか」

田原 慎治です。

「定義」の大切さと難しさについて考えています。

コンサルの現場で、「成長」「指導」「育成」「モチベーション」「マネジメント」「チームワーク」などなど、種々の人事・教育タームをあらためて定義ないし分節化する機会があります。ほんの一、二年前まで、産業人教育の業界内外で「論理思考」「クリティカル・シンキング」といったテーマの文献や研修が大流行していて(さすがにやや下火になりましたが)、そのブームが、「とは何か」系の思考に火を付けたといってもいいでしょう。わたしたちも、「とは何か」系の話題には敏感です。

というのも、「とは何か」というクリアカットな思考の形態は、正解のはっきりしないビジネスの世界に、ある種の科学的な方法を持ち込んでいるようなところがあり、それゆえに、手探りで前に進むことの厳しさや難しさを痛感している産業界からは歓迎されやすいのです。もっとも、無理やりにでも何かを定義し、それを足がかりに思考を前に進め、課題を前景化させることは、ビジネスの世界のみならず、あらゆる学究領域で行われてきた手法です。ビジネスの世界でも、たとえば次のような定義を上手に使えば、いろんなアイディアの広がりが生まれてくることは、容易に想像できますね。

  • 事業の目的とは、顧客の創造である(P.ドラッカー先生曰く)
  • マーケティングとは、セリングを不要にする活動である(本当かな)
  • 問題とは、「あるべき姿」と「今の姿」のギャップである(どんなビジネス本にもそう書いてある)

繰り返しますが、こういう思考の契機はたいへん役に立ちます。何事も、それ「そのもの」を定義しなければ、その内訳を並べて見せるわけにはいかず、その内訳がわからなければ身につけかた(つまりハウツー)も浮き上がってこない。つまり、あらゆる活動が前に進まないからです。

・・・と、今でこそ「とは何か」をクリアカットに言い切ることの大切さを日々唱えているわけですが、実はこのことは、わたしにとってはこの業界に入って初めて学習して覚えたことの一つでした。

というのも、経営にせよ、経済にせよ、人材育成にせよ、社会科学系の現場では非常に重要かつ基本的な思考の型となっているこの方法が、わたしの出身領域(人文系)ではほとんど重要視されていないからです。むしろ、「とは何か、などという根源的な事柄を、単眼的、専一的に定義してはならない」という不文律が貫かれているように思います(自分だけの感じ方かしらん)。たとえば、中学生のとき読んだ、亀井勝一郎の「現代人生論」の冒頭は今でもよく覚えています。

「人生とは何ぞや、という広漠たる質問に、わたしは答えることはできない」(おおむね、こんな感じ)

「人生とは何かを論じます」と大風呂敷を広げた著作が、いの一番に「それは言えない」と開き直ることから始まっているわけです。かくも人文系では、「とは何か」を前面に出した読み物がはっきりとその定義を示してくれることは、実は案外少ないのです。文芸批評の中では必読書とされる文献が、軒並みそんな感じです。

  • 「言葉とは何か」(丸山圭三郎)は、言葉とは何かを一言で定義してくれない。
  • 「言語にとって美とはなにか」(吉本隆明)は、言語にとって美とは何かを一言で定義してくれない。
  • 「文学とは何か」(T.イーグルトン)は、文学とは何かを一言で定義してくれない。

このようなことが常態であるような世界に、わたしはずっと漬かってきました。それ「らしき」文言が、それとわずかに袖擦り合う程度には出てきますが、それ「らしき」ものは、それ「そのもの」ではありません。そういう定義不在のありようにあまりにも馴れてきたわたしにとっては、いろいろなものをクリアカットに言い切ることへの苦手意識がずいぶんありました。

たとえば、上記の吉本などは、そのタイトルがあまりにも魅力的なので、たいてい「その答えは?」と思いながら読み進めるわけですが、どこまで読んでも、「とは何か」に行きつきません。そして、行きつかない間にも、言語にとっての「意味とは何か」「価値とは何か」「像とは何か」と、どんどん話が拡散してゆきます。そしてそれらの一つ一つにも、そのものずばりの定義が示されず、実例やら、比喩やらでどんどん話が広がってゆき、モヤモヤのまま、いつの間にか次のトピックになっているのです。

「像とはなにかが、本質的にわからないとしても、それが対象となった概念とも対象となった知覚ともちがっているという理解さえあれば、言語の指示表出と自己表出の交錯した縫目にうみだされることは、了解できるはずだ。あたかも、意識の指示表出というレンズと自己表出というレンズが、ちょうどよくかさなったところに像がうまれるというように。」(定本 言語にとって美とはなにかⅠ」(角川選書版)

何が何だか分からない。そしてこう続きます。

「対象としてつくられた像意識とはなにかについて、ここは深入りする場所ではない。」

これなども、論じ始めておいて、「論じない」と言い切るスタイルです。のらりくらりと、言うべきことを言わないで逃げているような感じ。それでも読み終えるころには、「だいたいこんなことを言っていた」ということまでは聞き取ったような感覚だけはある。ただし最後まで定義そのものは覚えていない。だって出てこないのだから。・・・こんな読書体験を重ねた人間がやがてビジネスの現場でどんな苦労をすることになるか、容易にご想像いただけることでしょう。

ところが。

実際に「とは何か」を思考してみると、どうやら身動きが取りやすいことに、わたしも気付くようになりました。たとえば、「成長とは何か」と考えてみる。それを「良い方向への変化志向」である、つまり自分にとっての「良い」×「腰の軽さ」と定義する。その途端に、頭の中の霧がさっと晴れて、「良い」をさらに分節化してみよう、とか、腰の軽さを身につけるために何をしようか、といった次のアイディアへと跳躍することができるようになります。これは実に貴重な発見でした。これは冒頭に述べたとおり、方向指示器役を果たさねばならないコンサルの現場では非常に重要なスキルといえるでしょう。

もっとも、あるものを「~である」と定義した(抽象した)途端に、その定義に含まれない(捨象した)側面がすっぽりと抜け落ちてしまう可能性と危険性に自覚的であることの必要性は、体の奥底までしみついています。だから、いろんなことをクリアカットに言い切ることのできる人を「うらやましい」と思いつつ、同時に「もったいない」とか「危ない」とも思うのも、また確か。この中間点で今もブラブラと両睨みが続いているのです。

「気持ち」は構造化できるか?-九鬼周造「いきの構造」

田原 慎治です。

しばらく前に、とあるパートナー会社で「感情表現を体系化する」という議論に混ぜていただいたことがありました。感情はいくつに分類できるのか、という話です。その時教えていただいた基礎理論の一つが、「プルチックの立体モデル」でした。これは納得感の高いモデルで、タテ・ヨコ・高さ3次元の感情配置モデルで(正確には円錐形」をしている)、種々の感情の強さと色彩とを整理しようという試みです。学生時代、日本語研究センターの中村 明先生のもとで文体論を勉強していたので、語感の僅差にどこまでも敏感に寄り添い続けるということが興味の一つであることもあって、なかなか面白いディスカッションでした(あの教室が懐かしいなあ。そういえば、中村先生が最近「語感の辞典」を岩波書店から出されましたね。祝)。

ともあれ、その議論をしながら思い出したのが、九鬼 周造の「いきの構造」です。もうずいぶん版を重ねている本ですが、たとえば岩波文庫版で読まれた方なら、表紙の四角柱(直六面体)の図を思い出されることでしょう。さて、今回注目したいのは、この図の話に尽きます。

あまりにも有名な論考なので説明も面映ゆいのですが、「いき」などという極めて情緒的かつ日本的な、説明のしにくい概念を、似て非なるもの=近接概念や、対極にあるもの=反対概念を巧みに使って「見える化」してしまったのがこの論考です。どのようにか。

まず、九鬼は「いき」その他の概念を、「人証的一般性に基づくもの」と「異性的特殊性に基づくもの」に分けます。次いで、それぞれの概念をそれぞれを「対自的(価値的)」なものと「対他的(非価値的)」に分けます。ここまでですでに2×2とおり、つまり4種類の概念グループが作られたことになりきます。さらに進んで、このうち「対自的」概念にはさらにプラスの概念「有価値的」とマイナスの概念「反価値的」が紐付き、「対他的」概念にはプラスの概念「積極的」とマイナスの概念「消極的」が紐付きます。これにより、合計8つの日本的情緒的概念が整理できるというわけです。まとめますと、次のようになります。

  • 「人証的一般性」×「対自的」×「有価値的」=上品
  • 「人証的一般性」×「対自的」×「反価値的」=下品
  • 「人証的一般性」×「対他的」×「積極的」=派手
  • 「人証的一般性」×「対他的」×「消極的」=地味
  • 「異性的特殊性」×「対自的」×「有価値的」=意気(これがタイトルにある「粋」)
  • 「異性的特殊性」×「対自的」×「反価値的」=野暮
  • 「異性的特殊性」×「対他的」×「積極的」=甘味
  • 「異性的特殊性」×「対他的」×「消極的」=渋味

これらのパラメータの違いを具体的な芸術を例にとって説明し尽くすのですから、すごい。

しかし、それだけではありません。続いて「風流」の正六面体、そして「情緒」の系図なるものも出てきます。前者では「風流」に内包される6概念がやはり六面体で図示され、後者では「情緒」に関連した43もの感情語が、その感情の強さを円の大小で表現しながら、一幅の図となっているのです。「情緒」の系図については次のように解説されます。

「・・・図は、なるべく簡明であるために、あまりに派生的な情緒は省略した。そうして、主要な十種の情緒は大きい円であらわしておいた。「欲」と「寂」とを含む点線の円は、個的存在としての人間の中核を示している。そのすぐ上と、すぐ下には、緊張弛緩の感情が位置を占めている。更に上部には、興奮沈静の感情である「驚」の周囲に、いわゆる情操または高等感情の構成要素が一群をなしている。下部には、「嬉」「悲」「愛」「憎」を四つの中心として、快不快の感情が多様に展開している。「恐」と「怒」とは動物進化上に意義のある本能的情緒と言ってよいであろう。「寂」「哀」「憐」「愛」「恋」をつなぐ線が、特に人間学的重要性をもっていることは、看過してはならない。個体性の「寂」と有限性の「哀」とが論理的関係にあること、主観的な「哀」と客観的な「憐」とが相制約し合うこと、「愛」が自己否定的な「憐」(アガペ)と自己肯定的な「恋」(エロス)との二方向を弁証法的に内包していること、有的な「恋」の裏につねに無的な「寂」が基礎付けをしていること、等はこの図によっておのずから明らかであろう」。

どうです。図を示せないのが残念でなりません。ともかく、感覚的な表現を構造化することが、1930年の時点で、すでにこのような仕方で試みられていたということが、たいへん興味深く感じられます。もちろん、九鬼哲学の真骨頂は単なる図示にあるのではなく、その考察一つ一つの深さです。

しかし、面白いもので、こうやって構造化されたものをじっくり読みこんでゆくうちに、自分の語法との微妙な違いにも気付きます。「本当は(本当なのかどうかは分からないが)こういう意味だったのか!」という気付きです。「もしかすると、自分のあの感覚は、今後こういう風に言い換えなければならないのかもしれない」とか、「あれとこれとは、特定の角度から見れば同じ意味合いを持っていたのか」といった豊かな発見がありました。

ただ「構造化」作業、すなわち「特定の系全体が、何と何という部品から成り立っている」という要素還元思考は、歴史的な行き詰まりを迎えます。そのような要素分解は、「だから何?」という疑問で、終わってしまうからです。自然科学はそれでも究極の要素分解である量子論や数論へと進み、宇宙の謎を解いてきましたが、社会科学や人文科学では、要素還元それ自体は、さほど豊かには生み出さない。だからこそ、さまざまな学問領域がやがて「関係性」に着目する方向へと転換してゆきます。そのようにして、世界を構成する粒はますます細かくなると同時に、粒と粒を結ぶ線の網目が大量にできあがり、「世界が分節化」されて現時点の世界鳥瞰図と相成っています。適度に分けたら、次はつながりを観察して「何事かを言ってみる」。その仮説の正しさを検証すべく、さらに詳細に分けてみる。あるいはつながりを変えてみる。こんな思考錯誤によって、世界はますます小さくなってゆきます。

感情面に限っても、この種の分節化作業をさらに推し進めてゆくなら、そのうち、わたしたちの「意識」や「感情」はさらに精度の高い言葉で説明がつくようになり、「感情」と「感情」の関係性も膨大なマップ上に「構造化」されてゆくかもしれません。そのマップが完成した日には、人間にとって「微妙な気持ち」とか、「言葉にならない気持ち」なんてものはなくなってしまうことでしょう。もしかすると「親子の間の愛ですか?男親から息子、それも長男に対する愛でしたら、それは感情座標上の、x2034×y346×z5515の気持ちですが、二男の場合はzのパラメータが5516になります」なんてことに・・・なるわけないか。

二項対立は超えられないか-サイード「知識人とは何か」

田原 慎治です。

サイードで思い出すことと言えば、もう10年くらい前になるでしょうか、朝日新聞に連載されていた、大江健三郎との往復書簡です。あとは3年前にイスラエルに旅行するにあたって「予習」のために読んだ「オリエンタリズム」。そういった書き物に比べれば、BBC向けの講演をほぼそのままの形で編集しただけあって、かなり読みやすかったのが、本書「知識人とは何か」です。

「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」(大橋洋一訳 平凡社版)

その真意については本書をご参照いただくことにしましょう。いずれにしても、立論の道中、なかなか爽快な場面が随所に現われます。たとえば、フランシス・フクヤマ(「歴史の終わり」)やサミュエル・ハンチントン(「文明の衝突」)などをばっさり切り捨てているあたり。曰く、

「いずれも、よくもまあこれほどありきたりで、嘘っぱちな議論はないといえるほどの、とんでもないいんちきではないか。」

リオタールの「大きな物語消滅」論も、問答無用で切り捨てられます。その種の、一時期メディアを賑わした「分かりやすい」、時代を大所高所から鳥瞰した論述は、どうやらサイードの肌感には合わなかったようです(なるほど、読んだ途端に何となく世界が分節化できたような気持ちにさせてもらった、あの種の論述が嫌いなんですね。分かるような気がします)。続いてサイードは種々の「知識人」定義に言及しますが、中でもグラムシ、ジュリアン・バンダ、アドルノ、ジャンバティスタ・ヴィーコ、C・ライト・ミルズらの見識を高く評価しています。視点は一貫しており、「公的な場での批評精神」、「権力への懐疑」といった姿勢です。

そこで。

この書における「知識人」は「the intellectual」の訳語です。もっと一般的には「知性的な人」「知的な人」と訳される言葉です。そこでどうしても思い至るのが、知性的な人とは、本当にサイードが言うように弱者=少数派の代弁者なのだろうか、という疑問です。弱者=善、強者=悪という二極対立思考の危険についてはずいぶんいろんな人が論じてきているはずだのに(比較的最近の日本の論壇では小浜逸郎や中島義道などが書いていて、なかなか面白い)、サイードは敢えてその紋切り型の思考を正面からぶつけてきます。しかし、論理的に考えるなら、弱者=少数派の中にも往々にして存在する邪悪なものを見逃すことはないでしょうし、多数派=強者の中にある善をそれと知りつつ語らずに済ませることはないことでしょう。ポスト・モダンが「善悪二元論で語るのを、そろそろやめましょうよ」と言えば、「いや、そんな価値相対化は許さない」という立場、ここまでは分かるんですけどね・・・。もちろん、この講演集はあくまでもサイードの論評そのものではなく、論評を包括的に論じた「メタ論評」ですから、実際の仕事の中では、きちんと「反対側への目配り」をしているのかもしれない。しかし、それにしてはこの書の中で論じられる具体的なケースが、どうも「弱者=善」を無反省に言い募っているようで、ややすっきりしないままに、読み終わりました。

ここでコンサルの現場へ。

少数派の論点もきちんと議論の俎上に乗せる、それがわたしたちが指向する「議論の見える化」とか「図で考える」といったスキルセットの根底にある考え方です。たとえば、わたしたちコンサルタントには、会議の最中などに賛否両論を整理すべく、ホワイトボード上に縦横一軸ずつざっと十字を描いて、マトリックスに事象をマッピングするという、癖のようなものがあります。ここに一つのトリックがあって、そうやって図に描くと、たいてい相反する種々の立場が「見た目に同じサイズになる」のです。実はこの「同じ」であることがミソなのです。

マトリックスで「同じサイズ」にしてしまうことは、先入観を排除してくれ、潔く意思決定を行う後押しをしてくれます。しかし、そのようにしてバッサリ二つに区切った瞬間に「その両方である」や「どちらでもない」が、同様にきれいに排除されてしまいます。この割り切りを「気持ち悪い」と思う人と、そうでない人がいます。わたしは「気持ち悪い」派です。もっとも、その気持ち悪さを痛感しつつ、あくまでも道具として、その種の思考法を「都度使い回し」ます。ただし、どの瞬間にも、自分がある種のものを「切り捨てた」ことに無自覚であってはならないともまた思うのです。このあたりの迷いが前面に出てしまうところが、自分がコンサルタント向きではないところなんですけどね。そこは大いに自覚しています、はい。

いや、サイードの言わんとしているのは、そういうことでもないのかもしれないな。そうやって「ばっさり切って」はいけないんだろうな。いや、やっぱり切っているよな。いや・・・(以下、無限連鎖)。

モデル化の功罪-野中郁次郎ほか「失敗の本質-日本軍の組織論的研究」

田原 慎治です。

少し前に野中教授とお目にかかる機会がありました。

例のSECIモデル(暗黙知、形式知・・・の、あれです)の現場ドキュメンタリー集とでもいうべき「流れを経営する」(東洋経済新報社)の読書会に、著者自らお出向きになられた、そんな場面でした。このところずっと野中教授の前に前景化しているのは、「ニコマコス倫理学」から着想を得た「フロネシス」(賢慮、実践的知恵、文脈判断の知恵など、さまざまに訳される)理論であるようです。これを、産業活動にどう活用するか、というテーマについて話を聞きました。「SECIモデルをもう一段階スパイラルアップさせたので、聞いてね。ついでに本も買ってね」と、熱く語っておられたのが印象的でした。

その野中教授が、防衛大学校の先生がたとともに1984年に出版されたのがこの本。司馬遼太郎をして「こればかりは何一つ希望がないので、題材にできない」と言わしめたノモンハン事件をはじめ、ガダルカナル、インパール、ミッドウェーなど、旧日本軍の失敗から何を学べるか、という趣向です。

「組織が継続的に環境に適応していくためには、組織は主体的にその戦略・組織を環境の変化に適合するように変化させなければならない。・・・自己革新能力のある組織は、以下に述べるような条件を満たさなければならない。」

その条件として、昭和初期の日本軍の振る舞いの裏返しであるところの

  • 不均衡の創造
  • 自律性の確保
  • 創造的破壊による突出
  • 異端・偶然との共存
  • 知識の淘汰と蓄積
  • 統合的価値の共有

の6つが挙げられています。そして、巻末。日本企業の戦略と組織への提言をもって本書は締めくくられます。要は、現代の日本企業に対して各所から言われている提言を、珍しい切り口から論じられたというものです。ただし、その方法論はSECIモデルそのものです。要は、創発的学びが機能していない、と。

組織学習論については、すでに山ほど語られてきました。「学習する組織」(センゲ)、「ダブルループ学習」(アージリス)、「知識創造」(野中郁次郎)、「心理的契約」(シャイン)・・・。とにかく、何かしら人類の知的アーカイブからいろいろな知見を引っ張り出してきては並べ直し、モデル化することによって手順化するという手法は、何事かを「分かったような気に」させてくれる便利な方法です。

ただ、いろんな研究が進み、手法がモデル化された現在でも、全体として世界の経済は特に進歩・成長しているわけではなく、次から次へと新たなツールが紹介されて「流行り廃り」が繰り返されています。いい加減、キャッチアップ自体が面倒くさくなってきませんか。少なくともわたし自身は、何を聞いても「どこかで聞いたな」と思うようになってきました。何を聞いても「これは古いな」と思うということは、適用・活用の敵です。かくして、確かに良いことが語られているのでしょうが、活用されないままに、目先の趣向を変えたものが次々と繰り出されてゆきます。

そこで思うこと。

ウィトゲンシュタインは言います。「問いが成立しうるのは、答えが成立するときである。答えが成立しうるのは、何事かを語りうるときである。語りえないものについては、沈黙しなければならない」。ホントはやっちゃいけないとされている、「コンテクストを無視した部分解釈」を乱暴に行えば、前段はこうなります。

「何が問題だったのかは、答えがおぼろげながら見えてきて初めて事後的に認知できる」。

成功例は、事後的に成功モデルに沿っていることが明らかになり、失敗例は、事後的に成功モデルから外れていたことが明らかになる。したがって、失敗の本質とは、失敗を事後的にしか認知できないことにある。事前に失敗が「認知」できていれば、いかに日本軍といえども、しなかったわけですから。身も蓋もない話ですみません。でも、そういうことです。

「これは、こういうことになっていた」という「後出しじゃんけん」的な読み解きは、意味を持たない。とすれば、いかに読み解けない段階でリアルタイムに、ビビッドに反応し、身をこなしてゆくか。考えては試し、試しては再考するというきわめて小規模なPDCAをどう回すか。産業人としての成長は奥が深いですね。

教養について考える-ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」

田原 慎治です。
1967年生まれのわたしは、「ポスト教養主義」世代です(教養主義については竹内洋「教養主義の没落」=中公新書をご参照ください)。最も多感な学生時代が1980年代ですから、論壇やキャンパスで批評の対象になった多くの出来事をまったくリアルタイムで体験していない。政治も、文学も、音楽も、演劇も、学友との面倒くさい議論は一切なし。ただ好きなものを、好きな者同士が集まってにこやかに楽しむ、すでにそんな世代でした。
世代を貫く連帯感を表現するなら、「手触り感が分からない」ことがあまりにも多いことへの「口惜しさ」、とでも言えましょうか。こんなネガティブなワーディングでしか自分たちの体験を共有できないことが、わたしたち、売り手市場世代、バブリーな青春時代を謳歌させてもらった世代の、実は悲しい原体験なのです。
そういえば、「1968-若者たちの叛乱とその背景」の著者、小熊英二が1962年生まれということになっていて、全共闘時代について書こうとしてるのだけれど、やはり本人は実体験がない。だから二次・三次資料を使うときに当時の「ニュアンス」をごっそり無視してしまっている、なんてことがひと頃批評されていました。わたしも自分の肌で経験していない「日本の来し方」があまりにも膨大なのでどう自分の中に取り込んで行ってよいのか、判断を留保したまま今に至っていることを、恥じつつ認めます。なにしろ、浅田彰らによるニューアカ・ブームが始まったかどうかのころ、のんびり中学を卒業した世代なのですから、半分くらいは勘弁してください。ただ岩波文庫の「緑帯」だけを必死で読み散らかしており、その「必死さ」だけがわたしのせめてもの「恥」の表われでした。
そんなわけで、大学に入って、アジビラや立て看板(の名残り)を見たり、些細な趣味の違いを肴に侃々諤々の議論をしていたというほんの十年ほど前の学生たちの話を聞かされるたびに、羨望とも旧懐ともつかない、不思議な感覚を抱いたことを思い出します。
そして社会へ。やっぱり多様な世代と(まがりなりにも)広い世界を相手に仕事をするには、教養が必要だと思い至ります。もちろん、抄録的知識はあります。けれども、何を語るにつけても、ちょうど、本文を読まず「もくじ」と「あとがき」だけを読んで読書感想文をでっちあげた(そして不思議と褒められた)「少年の日の思い出」(Byヘッセ)が蘇えってくきます。付け焼刃的な情報で一時しのぎをしようにも、常に各書の「原典」に当たっていないということがどうしても「引け目」となり、やましく感じられる。いつだってエミールから「そうか、つまり君はそういうやつだったんだな」と言われているような気分です。追いつけない「教養」へのルサンチマンにまみれてきましたが、ようやく最近になって、ほんの僅かばかり眺望が開けつつあります。

前置きが長くなりました。アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」(菅野盾樹訳、みすず書房)は、そんな80年代のアメリカの大学生における「教養主義の没落」を、実に多方面から観察した大著です。入学時点が最も教養レベルが高いとされる日本の大学ではなく、それなりの勉学生活を送るとされているアメリカの、しかもアッパークラスの大学にして、教養がすでに文化資本の意味を失っていることを、克明に描いてみせます。

議論の中核に据えるのは、アメリカが持つ「価値相対主義」のネガティブな側面です。ヨーロッパだけが世界の中心ではないという相対世界観に建国の理念が根ざすアメリカでは、さまざまな思想が等価であるがゆえに、真の教養の目指す「人としてよく生きること」「真実に、また完全に生きること」「真・善・美の追求」などの地位も相対的に下がるのだとか。だから当今の学生たちにはもっと教養を身につけてもらおうではないかという、実に割り切りのいい議論です。個人的には、「悩み」の感じられない、竹を割ったような論旨の立て方には要注意、という直感が働いてしまって、ところどころ眉に唾をしながら読みましたが。
とはいえ、「教養」の重要性そのものについては、間違いなく著者の述べるとおりだと、思うのです。
企業内教育に携わっていると、若年層のみならず、次期経営幹部といった人たちまでが、自身のリテラシーの低さを棚に上げて、「そんなこと、分かりません」と開き直ってくる場面に、結構遭遇します。「そんなこと(そんな言葉、そんな人、そんな本)、知りません。ぼくが分からないのは、知らない言葉で説明しているあなたが悪いからです」と、正面切って言われたことがあります。よほど見当違いの分野の話をしているならまだしも、彼らの専門領域の話でありながら、です。泣けますね。そこで必要なのは、共通の話題の源泉としての「教養」ではないかと、わたしたちは考えます。自分の教養不足を嘆いているわたし自身が、仲間の産業人のことをこんな風に思わねばならないことが、いかにも現代風ですね。
ピエール・ブルデューと共に言えば、この種の教養は「家庭内文化資本」です。「学校で教えてもらわなかった」とか、「これまで仕事で必要なかった」などと言わず、個人として、ご自宅で嗜んでいただきたい。この「教養」をいかにして身につけるのか、何を身につけるのか、そもそもなぜ身につけるのか、といったことについては、いずれまた。

「期待」ではなく「希望」を方法化する教育-イリッチ「脱学校の社会」

田原 慎治です。

企業内教育の現場で、よく「効果測定」が話題になります。何をもって施策(たとえば研修)が成功したとみなすか。やや古いのですが、「カークパトリックの4段階モデル」は今でも有効とされています。すなわち、

  1. Reaction(反応)=参加者の満足度
  2. Learning(学習到達度)=スキル・知識の理解度
  3. Behavior(行動変容)=職場における実践度
  4. Result(組織貢献結果)=行動がもたらした組織への影響

さらにこれに「5.費用対効果」を加えるべきだというJ.フィリップスの理論もあります。

いずれにしても、何らかの仕方で教育の成果は計測可能とする立場が、今や主流といっていいでしょう。業界を見渡せば、教育測定を是とする立場もあれば、わたしのように、肚の底では違和感を感じながらも戦略的に対応しているような者もいるのが実情です。

ところで、産業人教育におけるこの発想はどこからきているのかといえば、それは学校教育であると述べても差し支えないでしょう。上記の指標は、「費用対効果」を別にすれば、すべて小学校以来の「通知表」でよく見かけた文言ばかりだからです。いや、今や「費用対効果」という指標は学校教育にも確実に取り込まれていると言ってもいいようです。カリキュラムは文科省によって「シラバス」として「カタログ」化することが義務付けられ、子供たちは「これを勉強したらどんな得があるのか」と食ってかかり、企業は「市場価値」の高い人材を輩出せよと大学に迫る。すべて、貨幣経済のターミノロジーで教育が語られています。

この経済ターミノロジーに絡め取られた学校教育・産業人教育を何とかしなくてはならないと、この5年ほどの間にようやく議論がほうぼうで展開されるようになってきたように思いますが、実は早くも1970年に、この風潮にうんざりしている人がいたのです。

「本当は、人の成長は測定のできる実体ではない。それは鍛錬された自己主張の成長であり、どのような尺度やカリキュラムをもってしても測ることができないし、他人の業績と比較することもできないものである。・・・学校において何でも測定するように教育されてきた人々は、測定できない経験を見逃してしまう。彼らにとって測定できないものは第二義的となり、彼らを脅かすものとなる。・・・人々は学校において、価値は生産することができ、測ることのできるものだという観念を教育されると、あらゆる種類の等級づけを受け入れるようになる傾向がある。・・・学校化された世界では、幸福への道はいわば消費者についての指標で舗装されているのである。」(イヴァン・イリッチ「脱学校の社会」東 洋・小澤周三訳、東京創元社)

イリッチによれば、学校システムの弊害は産業のあらゆる分野に及んでおり、上述の「測定」はその一面にすぎません。効果測定以外にも、学校はわれわれをどんなピットフォールに突き落としてきたか。たとえば次のとおりです。

「『学校化』されると、生徒は教授されることと学習することを混同するようになり、同じように、進級することはそれだけ教育を受けたこと、免状をもらえばそれだけ能力があること、よどみなく話せれば何か新しいことを言う能力があることだと取り違えるようになる。彼の想像力も『学校化』されて、価値の代わりに制度によるサービスを受けるようになる。医者から治療を受けさえすれば健康に注意しているかのように誤解し、同じようにして、社会福祉事業が社会生活の改善であるかのように、警察の保護が安全であるかのように、武力の均衡が国の安全であるかのように、あくせく働くこと自体が生産活動であるかのように誤解してしまう。健康、学習、威厳、独立、創造といった価値は、これらの価値の実現に奉仕すると主張する制度の活動とほとんど同じことのように誤解されてしまう。そして、健康、学習等が増進されるか否かは、病院、学校、およびその他の施設の運営に、より多くの資金や人員をわりあてるかどうかにかかっているかのように誤解されてしまう-」

Aという目的のためにBという制度を作る。途端に、Bの中に居ればすなわちAを達しているかのように誤解される。この種の「心理的不能化」ないし「破壊」を、イリッチは見事に喝破してみせます。そしていかに社会を脱学校化(deschool)するか、その方法論を具体的に論じてゆきます。この著作の中核である、「脱学校化プロセス」もたいへん興味深いものながら、わたしが最も感動したのは次の一節でした。

「われわれは希望と期待との区別を再発見しなければならない。積極的な意味において、『希望』とは、自然の善を信頼することであるのに対して、『期待』とは、人間によって計画され統制される結果に頼ることである。『希望』とは、われわれに贈物をしてくれる相手に望みをかけることである。『期待』とは、自分の権利として要求できるものをつくり出す予測可能な過程からくる満足を待ち望むことである。(今日的)エートスは、今日希望を侵害している。人類が生きながらえるかどうかは、希望を社会的な力として再発見するかどうかにかかっている。」

イリッチの立場は「期待」ではなく「希望」の推進力としての教育です。教育とは、学校であれ産業界であれ、「計画され統制される結果」を目指してはならない。「予測可能な過程からくる満足」などは目指すべきものではない。そんなものに、何の意味があろうか、と、我が意を得る思いです。

旧来型の産業人教育システムを内側から解体しようと、意気込みだけは壮大です。

人が「動く」ことのからくり-エリック・ホッファー「大衆運動」

田原 慎治です。

インサイトのコンサルタントたちがしばしば議論してきたことの一つに、われわれは人を「動員」すべきかどうか、というテーマがあります。コンサルタントがクライアントを「動かす」とは、あくまでも「自分で自分を動かす」よう仕向けるのであって、決して「われわれが動かし」ているようであってはならない、といった話です。もっと正確にいえば、「人間は他人にきっかけを与えてもらいながら、あたかも最初から自分で自分を動かしていると‘錯覚’できる、高度な取り違え能力を持っているので、その能力に働きかけて、‘物事が動き始める場’を提供するのがわれわれの仕事である」、と、そんなことを口角泡を飛ばしながら議論しているわけです。

エリック・ホッファーという哲学者がいます。正規の教育は受けたことがなく、アメリカ西海岸で沖仲仕や農園労働者として糊口をしのぎながら、深い思索にいそしんだという人で、代表的な著作のひとつが「大衆運動」です(高根正昭訳、紀伊國屋書店)。自律的にであれ、他律的にであれ、人が「動く」とはどういうことかを、その是非を別にして、深く考察しています。これがなかなか示唆に富んでいる。

たとえば、人が何らかの「運動」に「動員」される要件は四つあるとホッファーは言います。

  • はげしい不満をいだいていなければならない。
  • 有力な主義を、誤まることのない指導者を、あるいはまた、新しい技術をもっているので、鬼に金棒の状態にあると感じていなければならない。
  • 未来の展望と可能性についても、とほうもない考えをもっていなければならない。
  • 自分たちの巨大な事業にともなう困難について、まったく無知でなければならない。

わたしたちも、まさにクライアントが上記のとおりに自ら感じ、振る舞うにはどうすればいいのか、と考えて、あれこれ策を練っています。ほかにも、鋭い観察が随所に。

「大衆運動は、出世の欲求を満足させる能力があるからではなくて、自己放棄の激情を満足させることができるからこそ、追随者を引きつけ、引きとめているのである」

「(運動を引き起こす要因であるところの)不満というものは困窮に何とか堪えられるとき、つまり条件が改善されて理想的状態がほぼ実現されようとしているときが、もっとも高いようである。不平というものは、それがほとんど除かれたときに、かえってもっともはげしくなるのである」

なるほど、「自己放棄」「理想の直前状態」などは、自分の知るムーブメント成功例にもあてはまるキーワードです。さらに人々をして運動へと駆り立てる「自己放棄」精神のレシピとして、

「個人をしっかり結合した集合体に融合させ・・・、想像上の自己を与え・・・、彼に現在を非難する態度を教え込み・・・、彼の興味をまだ存在しないことに固定させ・・・、彼と現実との間に事実を通さない仕切りを差しはさみ・・・、熱情の注射を通じて、個人とその自己との間に、強固な均衡が確立するのを妨害する」

などと続きます。さらにホッファーは「潜在的回心者」として、大衆運動に動員しやすい人々の種類を細かく挙げてゆき、それがこの書の中核部分です。その後、結論近くで彼はこう要約します。

「運動は言論人によって開拓され、狂信者によって具体化され、活動家によって強化される」

それぞれのステージに、それぞれのプレーヤーが紐付くのであって、これ以外の組み合わせでは運動は起きないというのです。そして、それらの一つ一つに、いちいちごもっとも、というべき実例が豊富に提示されるところが、この本の真骨頂でしょう(もっとも、20世紀前半の話ばかりですが)。とはいえ、これらの引用はいずれも周辺の説明抜きでは分かりにくいものばかりですので、中身については、やはり実際にお読みいただくのが一番です。

とまれ、私はこういう読書体験をきっかけにして、いろんなことを考えます。

わたしたちは、人(や組織)を動員すべく誘い出しておき、動員された人が計画されたとおりに動くことをもって「成果」とみなしたりはしません。そこには計画されたこと以上の新しいものは何も生まれない。しかし、内発的なやむにやまれぬ動機によって動きはじめた人たちが、互いに働きかけて意図を超えたダイナミックな相互啓発に取り掛かり、その運動が一定のティッピング・ポイントを超えるとき、それは一大ムーブメントとなります。そこには計画の総和以上の生成物が生まれます。その爆発の場をどう作るか、だれに起爆ボタンを持ってもらい、どうやって爆薬を仕掛け、いつボタンを押すのか、こういったことを練り上げ、企業の中に仕掛けてゆくのがわたしたちの仕事です。いろんなヒントが得られる読書でした。

ちなみに、原題は「The True Believer」つまり「真の信仰者」です。ホッファーは、あらゆる大衆運動の本質を、宗教運動のメタファーでとらえようとしているようです。うーん、「真に、信じる」、もっと日常的な言い方をすれば「真(ま)に受ける」ことから、運動は始まるのか。なるほど。