「企業にとって戦略とは何か?」

タイのバンコクには「戦勝記念塔」というのがあって、BTS(モノレール)の駅にもなってるんですが、地元のタイ人には、この戦勝記念というのがど の戦争の戦勝記念なのかを知らない人が多い、という話を聞きました。タイ人が「今」を生きていて、「歴史的時間」を生きていないことをよくあらわすエピ ソードのような気がします。

もともと東洋の時間感は歴史的時間感(=時間は直線的に一方向に流れ、戻ってこない&歴史にはGoalがあるという時間感)ではなくて、循環的時間 感です。日本は第二次世界大戦の敗戦という民族的経験をくぐることで、循環的時間感から歴史的時間感に離陸しましたが、タイにはそういう経験がないため に、人々は循環的時間の中に生きているような気がします。吉本隆明風に言えば、「絶望が足りない」ということでしょう。まあ、それはそれで幸せなことでは ありますが・・・。

日本の敗戦の原因分析についての著名な先駆的論文として、「失敗の本質-日本軍の組織論的研究」*1)というのがあります。日本軍の失敗の本質はな にか?同書の結論は「戦略がない」ということ。日本軍には局所的に戦術レベルの工夫は存在しても、その全体的行動に組織論上の戦略的一貫性が欠けていた (もしくは脆弱だった)というわけです。

同書はその結論の部分で、その組織論上の特徴が戦後の日本企業のあり方にもそのまま引き継がれているという趣旨の観察を述べています。たぶんそうな んでしょうね。でも、日本企業にかけている戦略性とはいったいなんなんでしょうか?というわけで、やっと、お題にたどり着きました。今回のお題は「企業に とって、戦略とはなにか?」です。先回の「企業にとって、成長とはなにか?」の続きとお考えください。で、インサイト版「戦略」の定義です。

<企業にとって、『戦略』とは、企業行動の全体的一貫性のことである>*2)

解説しましょう。<戦略=一貫性>、というところはだいたい問題ないでしょう。ただし、一貫した<戦略内容>が経営者(もしくは戦略授与型のコンサ ルタント)の頭の中にあるだけでは、つまり戦略的意図があるだけでは、「企業に戦略あり」とは言えません。<戦略内容>が企業行動全体に一貫して浸透し、 機能してはじめて、「企業に戦略あり」と言えるのです。つまり、<戦略=一貫性>の一貫性は<戦略内容>の一貫性ではなく、<企業行動>の一貫性を指すと いうわけです。

経営者(もしくは戦略授与型のコンサルタント)の頭の中の一貫した<戦略内容>が<企業行動>の全体的一貫性の生成を促す場合もあるでしょうが、そ の逆の結果を生じさせることも(多々)あります。戦略的意図の浸透(努力)の過程で、コミュニケーション・ギャップが生じ、かえって企業行動の全体的一貫 性が損なわれるというようなことです。ですから、戦略的経営を行いたいなら、戦略的意図=一貫した戦略内容の立案だけでなく、その浸透のための戦略的対応 が必要です。

企業行動に戦略的一貫性を実現させる方法には、2つのモデルが考えられます。その一つは、トップダウン型、もう一つはボトムアップ型です。トップダ ウン型は経営者=経営トップが戦略的意図をもって戦略内容を立案し、それを組織全体に浸透させていくという方向で形成されるものです。ここでは、戦略内容 の一貫性は当初から保証されていますが、その浸透は保証されていません。一方、ボトムアップ型は組織の構成員が自己組織的に企業行動の一貫性を生成させて いくものです。ここでは、生成された戦略の組織への浸透性は保証されていますが(生成=浸透だから)、一貫性ある戦略内容の生成それ自体は保証されていま せん。

コンサルティングの世界で言えば、前者を支援するのが、戦略授与型のコンサルタント。後者を支援するのが、企業文化・風土改善支援型のコンサルタン トだといえるでしょう*3)。前者は欧米型の経営にマッチし、後者は日本型経営の適合すると、一応モデル論的に整理しておくこともできると思います。

トップダウン型:ボトムアップ型=戦略立案起点:戦略浸透起点=形成:生成=戦略授与型コンサル:企業文化・風土改善支援型コンサル=欧米型経営適 合:日本型経営適合。ただし、こうした整理はあくまでモデル論の水準のものです。二項対立的分類・整理それ自体は具体的実践には概して役に立たないもので す。ましてや、両方大切とか、バランスが必要などと宣うていたのでは、思考停止しているに等しい。

では、文化や伝統、趣味や好き嫌い、行きがかりや成り行きを超えた未来型の経営戦略形成・生成理論というものはないものでしょうか?それを考えるた めには、戦略論単独で考えるだけでは足りないと思います。前回論じた「成長論」と繋げて考える必要があるでしょう。だって、成長が目的で、戦略はその方法 なのですから。次回は、その二つ繋げるとどういう地平が開かれるかをみてみたいと思っています。

Love & Work !!

*1)「失敗の本質-日本軍の組織論的研究」戸部良一他著、中公文庫刊

*2)この定義また本稿全体については、次の論文が種本(論文)になっています。
「戦略的組織か学習する組織か-戦略形成プロセスの分析」大薗恵美著、一ツ橋ビジネスレビュー2002年夏号掲載

*3)この分野での先駆的仕事は「なぜ会社は変われないか」シリーズの柴田昌治氏によるものです。
「なぜ会社は変われないのか(ビジネス戦略ストーリー)危機突破の企業風土改革」柴田昌治著、日本経済新聞社刊

(番外):読者の方から、このコラムは誰が書いているのかという質問をいただきました。第一回の時にご披露したつもりでしたが、ミスしたかもしれま せん。失礼しました。あらためて、事後紹介、でなくて、自己紹介いたします。早川賢雄(ただお)でございます。株式会社インサイト・コンサルティングの CEOです。ただ今、アセアン方面での事業機会のフィジビリティ・スタディのためにバンコクを中心に活動しております。このコラム、しばらくバンコクネタ から離れておりますが、ご要望があればまたご披露いたします。今後ともご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>