月別アーカイブ: 2012年1月

ホスピタリティ

「ホスピタリティは固有名詞である。」
(四方啓暉、「リッツ・カールトンの究極のホスピタリティ」より)

ホスピタリティについて、四方さんはこう言います。
「ひとりの人間として、自分の人生をもとに、『こうしよう』、『こういうふうに言葉を出そう』と考えて自ら動くことが、『ホスピタリティ』の原則だからです。」

「自分の人生をもとに」というところがいい!
だから、「ホスピタリティは固有名詞である」となるわけですね。

Love & WorK!

しあわせ

「幸せでいるためには、他の幸せな人々と親しい関係になる必要がある。

したがって、幸せな人が少なければ、私たちが幸せになる可能性も低くなる。
この世は、幸せな人と親しくなれない、孤独で、欲求不満で、怒りっぽく、不幸な人々で満ちている。
彼らの主たる社会技術は、文句を言うこと、責めること、他人を批判することであって、それは誰ともうまくやっていけない方法である。」
(ウィリアム・グラッサー、「選択の理論」)

この文章を入力していて、<幸せ>というのが<しやわせ>なのか<しあわせ>なのか、一瞬分からなくなっている自分を発見しました。
<お土産>が<おみあげ>なのか<おみやげ>なのか迷うのと同じように。
自分は<しあわせ>について肝心なことをいまだ何も知るに至っていない、ということのシルシであるように思います。

反省!

「僕らの内なる凍った海に対する斧」

「思うのだが、僕らを噛んだり刺したりする本だけを、僕らは読むべきなんだ。

本というものは、僕らの内なる凍った海に対する斧でなければならない。」
(フランツ・カフカ)

村上春樹の「雑文集」の一節からの孫引きです。
彼はこの言葉を。2006年にフランツ・カフカ国際文学賞を受賞した時の授賞式のスピーチで引用しました。
いい言葉だなー・・。

「人生は『寿命の短いろうそく』ではない」

「人生は『寿命の短いろうそく』ではない。
人生は、しばらく私が掲げることを任されたすばらしい松明(たいまつ)である。」
(S・R・コヴィー、「サーバント・リーダーシップ」前書きより)

コヴィー氏は「七つの習慣」の著者です。
「サーバント・リーダーシップ」はR・K・グリンリーフの著書ですが、前書きをコヴィー氏が書いています。
続く部分にはこうもあります。
「ガンジーは我々を破滅させるものが7つあると説いた。
労働なき富、良心なき快楽、人格なき学識、道徳なきビジネス、人間性なき科学、献身なき信仰、理念なき政治である。」

政治家の「理念なき政治」についてそれを嘆くことはあっても、自らのビジネスにどのような「道徳的価値」があるかを内省することはほとんどない―そういうことが「我々を破滅させる」のだとガンジーは言っているようです。
自分の仕事を、「寿命の短いろうそく」ではなく、「すばらしい松明」を掲げることにどのように繋げることが出来るか、そのような真摯な内省こそが人を真にタフにするのだと思います。

「トレーニングの6つの原則

「トレーニングの6つの原則。
過負荷性、反復性、漸進性、そして特異性、全面性、個別性。
過負荷は自分が少しきついと感じる負荷をかけること。
反復性はそれを繰り返すこと。
漸進性はそれを少しづつ増やしていくこと。
特異性は特定のスポーツで高いパフフォーマンスを得るために、そのスポーツそのものに特異な動きを訓練すること(野球なら、バッティング練習、投球練習)。
全面性は逆に、特定のスポーツに固有の特異な動きではなくて、全身の動きを全面的に鍛えること(野球選手にとってのランニング、ストレッチ、ウェートトレーニング)。
個別性は個々人の特性にあった個別的な訓練が必要であるということ。」

妻と一緒に通っているホグレルというジムの会報に載っていた言葉です。
この6原則はスポーツだけでなく、BIZにおいても、他のどんな分野についてもいえることだと思います。
BIZに当てはめればこうなるでしょう。

アサイン部署に固有のスキルを学ぶこと(特異性)に加えて、
幅広い教養を身につけ(全面性)、
かつそれを自分自身の現状とゴールに見合ったものとしていくことを旨として(個別性)、
毎日の業務について、自らに漸進的な、過負荷を、反復的にかけていく。
そうした努力に成果がないわけがないですね。

「得意なものがなんであるかということより、 何か得意なものがあるということが重要なんだ」

「得意なものがなんであるかということより、

何か得意なものがあるということが重要なんだ。
おまえになにもない。
何にも関心がない。
だからおれはおまえの体を鍛える、丈夫な体にする、10マイル走れるようにするし、自分の体重以上の重量が挙げられるようにする、ボクシングを教え込む。
小屋を作ること、料理をつくること、力一杯働くこと、苦しみに耐えて力をふりしぼる意志と自分の感情をコントロールすることを教える。
そのうちに、できれば読書、美術鑑賞、ホームコメディの台詞以外のものを聞くことを教えられるかもしれない。
しかし、今は体を鍛える。
いちばん始めやすいことだから。」
(R.B.パーカー、「初秋」より)
 
R.B.パーカーのスペンサーシリーズ(探偵もの)にも一時はまりました。
この「初秋」はいちばんのお気に入りで、何度も読みました。

両親から虐待にあっている少年ポールを、スペンサーが保護し、助けるストーリー。
私は一種の「父性論」として読んだのかもしれない。

いい本ですよ。
早川文庫で読めます。

「理屈を言うんじゃないよ」

「理屈を言うんじゃないよ
大事なときに!」
(車寅次郎、「男はつらいよ第29作-寅次郎あじさいの恋」より)

“Don’t quibble at this important moment!”
「理屈を言うな」の後の、「大事なときに」というフレーズがいいですね。
ほんとにそうだ(シミジミ)。

でも、じゃあ「無言」がいいのか、といえばそうでもない。
「男は黙って」とか、「以心伝心」とか、「不言実行」とか、「阿吽の呼吸」とか、「背中を見て」云々とか(たくさんあるなー)、そういうの、日本人大好きだけど・・。

だって、「理屈を言うんじゃないよ、大事なときに!」という言葉自体が言葉なんだから。
無言でもなくて、理屈でもないものとしての言葉。

これ以上言うと、理屈になっちゃうので、これでやめます。
今も「大事なとき」ですから。